ひょんなことから 1
DVDも観終わり、外はすっかり暮れてしまっていた。櫂君からは少し前に連絡があって、二十一時頃には行けそうだというから、了解と返事をしておいた。
「さて。夜ご飯を軽く食べようか」
キッチンに立ち、冷蔵庫をあさっていると、何やら外で怪しい物音がすることに気がついた。
ガタガタやガチャガチャといった、何かを無理強いしているような音に、泥棒!? と警戒する。
スマホを手にキッチンを出て廊下を行き、玄関先にある傘も手にする。スマホの画面には110を表示させておいた。万が一の時には、ボタン一つで直ぐに通報できるようにだ。
ポケットにスマホを忍ばせ、静かにドアをうすーーーーく開け、外の様子を伺ってみる。
ドアを開けるとすぐ、あからさまなガチャガチャという音が耳に飛び込んできた。無理やりドアをこじ開けようとでもしているような音だ。
やっぱり、……泥棒? 恐怖に心臓がドクリと嫌な音を立て傘を握る手に力が入る。
神崎さんは、多分まだ帰ってきていないはず。そんなお隣を狙った空き巣?
泥棒に気づかれないように、もう少しだけドアを開けて首を出し、隣を覗き見ると人影が見えた。
人影はどうやら男性のようで、ガタガタ言わせていたのを諦めたのか、今度は自らの鞄の中身をあさっている。
私は、傘を置きスマホを手に構える。相手が男なら、力では敵いそうもないと判断したからだ。
鞄の中身をあさっていた男は、徐に大きく息をつくと僅かに体をこちらに向けて顔を上げた。
その顔には、はっきりと見覚えがあった。
あれ? 神崎さん?
泥棒かと思った男性は、その部屋の主である神崎さん本人だった。
何してんだろ?
泥棒ではなかったと判り、スマホを再びポケットにしまう。
神崎さんは玄関ドアを背に、その場に座り込んでイライラしたように頭をかきむしっている。
こんな寒空なのに、部屋に入らないのかな?
気になりつつも、関っちゃいけないという思いもあって、開けていたドアを一旦閉め、とことことキッチンに戻り腕を組んだ。
変に話しかけても、またストーカーって言われるのが落ちだよね。私もこれ以上、嫌な思いはしたくない。
外の様子を気にしないようにして、再び冷蔵庫をあさり冷凍庫にうどんを発見した。
寒い夜にはあったかいうどんですよ。むふふと笑い、一人用の土鍋を取り出す。
たいした具材はないけれど、一人前の鍋焼きうどんを用意し、火にかけて煮えるのを待っている間、やっぱり神崎さんのことが気になってきてしまった。
まだ寒空の下にいるのかな?
鍋の火を弱火に変えてから再び廊下を行き、気づかれないようにそおっと玄関ドアを開けると、寒そうに上着の襟を合わせた神崎さんが、さっきとほぼ変わらない姿勢で座り込んでいた。
本当に、何やってるんだろう? 風邪ひいちゃいますよ。
神崎さんは、カタカタと貧乏ゆすりのように足を揺らし、ポケットからスマホを取り出してどこかへかけている。けれど、相手が留守なのか繋がらないみたいで、何度か繰り返したあと、諦めたようにスマホをまたポケットへしまいこんだ。
外は、ビューッと冷たい風が吹いている。このままだと、本当に風邪を引いてしまうんじゃないかと心配になってきた。
私は、もう一度ドアを閉め、キッチンへ向かいながら腕を組み考える。
もしかして、部屋に入れないのかな? 鍵を失くしちゃった? だとしたら、大変だ。
私は一旦土鍋の火を止め、玄関へと飛んでいく。ストーカーと呼ばれているにも拘らず、勢いだけで神崎さんへと声をかけた。
「あのー」
ドアを少し開けた状態で声をかけると、カタカタと震えながら彼はこちらへ顔を向けた。
「大丈夫ですか……?」
遠慮がちにかけた声だったけれど、私を見てあからさまに顔を顰められてしまった。
眉間に寄った皺が、なんだよ、ストーカー女。と言っている気がして声をかけたことを後悔してしまう。
加え、大丈夫なように見えるのかよ。とも言っている顔つきだ。
神崎さんの攻撃的な表情に心が半歩後退して、そそくさとドアを閉めようとしたところで、彼が躊躇いがちに口を開けた。
「あんた。大家の孫なんだよな?」
閉めかけたドアを途中で止める私へ、神崎さんは声をかけたことが不本意だといわんばかりのぶっきらぼうな訊ね方をした。
私は再びドアを少しばかり開けた状態で、訊ねられたことに一つ頷きを返した。
「鍵、失くして入れないんだ。あんた、大家の婆さんに連絡して何とかしてくんないかな」
とても人にものを頼む態度ではないけれど、なんせ嫌われたとはいえ一目惚れの相手なので、つい甘やかしてしまう。
「鍵、失くしちゃったんですか……。わかりました。ちょっとお祖母ちゃんに電話してみますね」
さっきポケットにしまったスマホを取り出し、お祖母ちゃんに電話をする。けれど、昼間と同様に、お祖母ちゃんは電話に出ない。
やっぱり留守だ。こんな時に何処へ行ってるんだろ。
「あの。ごめんなさい……。電話に出ません……」
私の言葉に、使えねぇなぁ。とばかりに溜息を零された。
なんか神崎さんて、性格悪い?
「あの、管理会社の方へは連絡してみましたか?」
「さっきしたけど、営業時間終了で誰も出やしねぇ」
「そうなんですか……」
にっちもさっちも行かない状況だけれど、声をかけてしまった手前、じゃあ、私はこれで。とドアを閉めてしまうわけにもいかない。
そんな薄情なことをしてしまえば、それはそれで更に嫌われる原因にもなりうる。
「寒くないですか?」
遠慮がちに声をかけると、何故だか睨まれた。
寒いに決まってんだろ! とでもいうところでしょうか。
何も悪いことをしていないというのに、なんだかとっても悪いことをしている気にさせられる。
それだけ私ってば嫌われているって証拠よね。あー、落ち込む。
けれど、放っておくわけにもいかないよね。
良かったら、お祖母ちゃんと連絡がつくまで家で暖を取りませんか? と言いたい所だけれど、きっと断られるんだろうな。しかも、ギロリという睨みつきで……。
「あの、今日のところはとりあえず、お知り合いのお家へ行かれてみてはいかがでしょうか?」
躊躇いがちに提案すると、溜息とともに落ち込んだ声が返ってきた。
「色々当たったけど、近場の知り合いは全滅だった」
それはお気の毒に……。
「それに、どうしても今日は家に入りたいんだ」
吐き捨てるように零した後、神崎さんは、クシュンッと一つくしゃみをする。
やっぱり、ずっと外に居るのはマズイよね。私がどう言われようと、この際もういいや。嫌われているとはいえ、一目惚れした相手です。せっかくお隣さんにもなれたのだし、これも何かの縁でしょう。
こんな世知辛い世の中だけれど、助けてあげたいと思う人情もあるのです。
「あのぉ、良かったら、うちに入りませんか? ずっとそこに居るわけにもいかないでしょうし。うち、あったかいですよ」
ボソボソッと小さな声で伝えると、神崎さんはかなり躊躇っている様子。
そりゃそうだよね。相手はストーカーだと思っている女だもんね。そんな女の家に、のこのこと入り込むわけないよね。
だけど、風邪ひいちゃうとやっぱりしんどいだろうし。ここは、何とか警戒心を解いていただかなければ。
「お祖母ちゃんと連絡が取れるまでの間、どうですか? 何にもしませんよ。なんなら、半径一メートル以内には絶対に近づきませんし」
そう言い添えると、逡巡した後に、神崎さんが立ち上がった。
「絶対に近寄るなよ」ときっぱり言い添えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます