引きこもる?

 帰り道。最近恒例になってきている、お祖母ちゃんのコンビニへ寄り道をした。

 何かっていうとコンビニに寄ってしまうのは、お隣からストーカー認定されてしまったから、どこか別の世界に癒しを求めているせいなのかもしれない。

 食事の準備をする気にもなれず、コンビニ弁当で済ませてしまおうと店内に踏み込む。

「あ、菜穂子さん。毎度」

 店に入って直ぐ、レジにいた翔君が笑顔で声をかけてきた。

「今日もシフトに入ってるんだね」

「はい。来年の夏に旅行へ行こうと思って、金貯めてるんすよ」

 翔君は相変わらず元気で、ストーカー女呼ばわりされて落ち込んでいる私の目には眩しすぎた。若さだけじゃないエネルギーがみなぎっていて、「オラにも元気玉分けてくれ」と手を伸ばしそうになる。

「えらいなぁ」

 眩しさに目を細めてシミジミ呟くと、翔君が「どうしたんすか?」というように、軽いのりで訊ねてきた。

「なんか元気ないっすね」

「うん。ちょっとね……」

「菜穂子さんが元気ないとか珍しすぎて。心配になっちゃうじゃないっすか」

 心配してくれるのは嬉しいけれど、翔君、珍しいは余計だよ。

 思わず苦笑いが浮かぶ。

 バイト中の翔君相手に愚痴るわけにもいかず、私は俯き加減でお弁当の棚を覗き見る。

 棚には届いたばかりのお弁当がたくさん並んでいたけれど、特に食べたい物がなかった。

 おでんでも買って帰ろうかな。

 日本酒と一緒にあったかいおでんでも食べたら、少しは元気が出るかもしれない。

 なんやかんや落ち込んでいても、結局お酒だけははずせない。

 おでん目当てにレジ前に戻ると、同じマンションに住む加藤のおばさんがやって来て、私の顔を見ると気さくに声をかけてきた。

「あら、菜穂ちゃん。久しぶりねぇ。お仕事大変?」

「おばさんこそ。それ大丈夫!?」

 私のことを心配するおばさんだけれど、見ると右足に包帯を巻いて松葉杖をついている。なんとも不自由そうだ。

「ちょっと踏み台から落ちちゃってね。料理作るのが大変で、ここのところずっと出前生活だったんだけど、それにも段々飽きてきちゃってねぇ」

 眉根を寄せたおばさんは、、翔君におでんを注文している。

 加藤のおばさんは結婚して子供もいるけれど、お子さんは成人して今は一緒に暮らしていない。旦那さんは、もうずっと単身赴任で福岡に行ったっきり。だからおばさんは、あのマンションで一人暮らし同然の生活を送っていた。

 寂しくないのかな? と思い。以前、旦那さんのいる福岡へ行かないの? と訊ねたことがあったんだけど、知らない土地で一人旦那の帰りを待ってるくらいなら、こっちで気楽に一人身生活を送るほうがいいと言っていた。

 そんなものなのかなぁ。せっかく好きで結婚した相手なのに、年月がたつと離れても平気になっちゃうんだね。そう考えると、なんだかちょっぴり寂しい気がした。

 翔君におでんの入った袋を貰ったおばさんだけれど、松葉杖ついては持ち歩けないでしょ。おつゆこぼれちゃうよ。

「おばさん、私がマンションまで持ってあげるよ」

「あら、本当? ありがとねぇ。菜穂ちゃんは、昔から本当に優しい子よね」

 ホクホクとした笑顔を見せ、おばさんはたんまりと買い込んだおでんの入った袋を私に差し出した。

「翔君、じゃあまたね」

 おばさんのおでんを手にして翔君へ挨拶すると、「さすがっす。菜穂子さん」と持ち上げてくれた。

 そうやって私のことを褒めてくれるのは、翔君くらいだよ。ありがとね。

 ウルウルの瞳で翔君見てから私がおばさんと一緒に出口へ向かうと、いつからそこに居たのか。偶然にも入口付近に並んでいる雑誌売り場に神崎さんがいて、こちらを見ていた。

「あ……」

 思わず声が出てしまう。

 そして、つけて来たわけじゃないです! という弁解の言葉を言いそうになったけれど、私は口を閉ざした。きっと、信じてもらえないだろうから……。

 悲しい現実を背負いつつ会釈だけをして、私はおばさんと共にコンビニを後にした。

「さっきの人は、知り合い?」

 大通りの横断歩道を、松葉杖のペースに合わせながら少しゆっくり目に渡っていると、おばさんが訊ねてきた。

「知り合いというか。最近、私の隣に越してきた人です」

「あら、そうなの。知らなかったわ。随分なイケメンじゃないの。もしかして菜穂ちゃん、狙ってる?」

 イタズラに笑って訊かれても、図星の上に既に撃沈している私は何も言えません。

「おばさんがあと十歳若かったらアタックしているくらいのいい男だったじゃなーい。おばさん、これでも昔は凄くもてたのよぉ」

 おばさんは、高らかに声を上げて笑っている。

 いやいや、おばさん。あと十歳若くても駄目でしょ。更に二十歳は若返らないと。

 苦笑いをしている私の隣で、その後もおばさんはあーだこーだと昔の杵柄を語っていたけれど、私は神崎さんのことが気になり話の内容は右から左だった。

 神崎さん。私がきっとまたつけまわしてると思ったんだろうなぁ……。

 あのなんともいえない冷たい視線で見られると、心が折れまくりです。おばさんの松葉杖を借りたいくらいだよ。

 深い溜息を零しつつ、おばさんをマンションの部屋まで送り届け、私も部屋に帰った。

 結局、おばさんに気を取られて自分のおでんを買い忘れてしまった……。

「食べる物ないじゃん」

 玄関先でがっくりと肩を落とし、その後キッチンの棚をあさった。

「あ、いいもの発見」

 少し前に、新発売と翔君に教えてもらい買ったカップ麺が出てきた。

 虚しいけれど……。

「これでいいや」

 熱湯を注ぎ、三分待ってからズズズッと音を立て、静かな一人の部屋で孤独にカップ麺をすする。

 地味すぎる、私……。

 新発売でも、特に美味しいというほどじゃないな。そう思うと、余計に虚しくなってしまった。

 虚しさに溜息をついて頭に浮かぶのは、やっぱりお隣の神崎さんだ。

 コンビニで逢っちゃったな……。

 少し前なら激しく喜べたけれど、ストーカー女呼ばわりのあとなだけに、切なくなるだけだわ。

 コンビニにも、あんまり立ち寄らないようにしたほうがいいかな。また後を付け回されてる、なんて思われるのも嫌だし。

 それに、これ以上嫌われたくないもんなぁ……。

 好きな人に嫌われるって、本当に悲しいものだね。

 また別の場所で今日みたいに偶然神崎さんに逢ったとしても、ストーカーしてるって思われるんだろうか。

 そしたら、そこへも行けなくなるよね。そんで、そういう場所がどんどん増えていって、終いには私ってば何処にも出かけられなくなって、この部屋に閉じこもるような生活を過ごすことになるんだ。

 引きこもり? 

 想像したら、落ち込み具合が半端なくなってきた。

 だったら、引越しした方がいいのかも。

 この部屋を櫂君へ譲って、私はお祖母ちゃんに頼んで別の物件に越した方がいいのかもしれない。そのほうが、みんなが幸せになるよね。

 そうやって考えていくと、益々悲しくなるだけだった……。

 あーあ……。

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