宅飲み
再び櫂君と共に家の近所に戻り、売上協力をしようとお祖母ちゃんが経営するコンビニへお酒を調達しに行った。
自動ドアを潜り、癖でカウンターへ視線を向ける。翔君は、本日シフトに入っていないようだ。大学で真面目に講義を受けているのだろう。何かサービスしてもらおうと思ったけれど、今いるスタッフはよく知らない人だった。新しい人かな? なんにしても、残念。
コンビニでサービスを期待するのも、おかしな感じだけれど。。
「ここも、菜穂子さんのお祖母ちゃんの持ち物なんですか。凄いですねぇ」
「元々は、お祖父ちゃんのだったんだけどね。随分前に亡くなったから」
冷蔵庫の前に行き、櫂君の持つ買い物カゴへ次々と缶ビールを入れて行く。
「他にも色々持ってるんですか?」
「そうだねぇ。この町の色んなところに土地を持ってるよ。パーキングになってる所も何箇所かあるし。うちのマンションだけじゃなくて、アパートもあるし。コインランドリーなんてのもあるみたい」
「凄いですねぇ」
私の顔を感心しながら見ている櫂君だけれど、すごいのは私じゃなくてお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだから。
「私は肖ってるだけなので」
「集りですね」
「こらこら。人聞きの悪い」
とは言え、マンションの家賃を払っていないのだから、強くは言えないけど。
来る途中に寄ったお惣菜屋さんで、焼き鳥やつまみになりそうな揚げ物を買っていたけれど、ついついお菓子やデザートにも手が伸びる。
チョコレートとスナック菓子。新作かな? 可愛らしいパンダのケーキがあったので、それもカゴに入れた。
「そんなに食べられます?」
櫂君がカゴの中身を見て、引き攣り笑顔だ。
「宴じゃ」
ケタケタ笑いながら言うと、「しょうがないですねぇ」とレジへ向かう。
「菜穂子さんの実家も、この町なんですか?」
「うん。そうだね。もう両親はいないから、お祖母ちゃんの家が実家みたいなものだけど」
「え……。あ、ごめんなさい。僕、余計なこと訊いて」
「いいの、いいの。気にしないで」
買い込んだ大量で重いアルコールの入った袋と、デザートが収まる袋を櫂君に持たせて、私は商店街の軽い袋を片手に自宅マンションに戻ってきた。
お隣の引越し作業も終わったみたいで、マンション内は元々の静寂を取り戻し、今朝の騒がしさは既にない。
近々クリーニング業者が入って、奇麗にリフォームを済ませれば、新しいお隣さんがやってくるだろう。
私の住んでいる部屋がある三階の渡り廊下を歩いていると、櫂君が不意に足を止めた。
「うわぁ、ここにも桜の木があるんですね」
マンションの渡り廊下へ向かって、大きな桜の木が枝先を伸ばしていた。櫂君がその木を眺めながら、瞳を輝かせている。
桜の木は、隣の一軒家に生えているものなのだけれど、お互いの塀を乗り越えて敷地を跨ぎ、枝が大きくあちこちに伸びてきている。そんな自由に生えている桜は、春になるとマンションの廊下を奇麗な花びらで飾ってくれるんだ。
「ここの桜も、凄くいいよ」
私がちょん、と伸びている枝先に軽く触れると、桜がさわりと応えるように揺れる。
秋も迫ってきている今は、葉も少なく枯れ初めているけれど、本当に素敵な花をたくさんつけてくれるんだ。
「けどね。散ったあとの掃除が大変で。ほら、排水溝が詰まっちゃうと大変でしょ。それで業者に毎回依頼しているんだけど、経費も馬鹿にならないし。少し剪定した方がいいか、お祖母ちゃんも悩んでいるみたい」
風に乗って渡り廊下を舞う花びらは桃色の絨毯を作り、毎年私を幸せな気持ちにしてくれる。同時に、時間が経ち降り積もった花たちが色を暗く変えていく姿は、寂しくもあった。
「え? 切るって、この隣の家がおばあちゃんちなんですか?」
「あ、うん。ていうか、お祖母ちゃんは別のところに住んでいて、ここは貸してるの」
「へぇ。この一軒家も貸し物件なんですか。マジ凄いですね」
櫂君は、渡り廊下から素こだけ身を乗り出し、お隣の一軒家を眺めている。ここからは、鉢植えが置かれている庭先がうかがえた。
さっきから感心し続けている櫂君を促し、部屋に迎える。
「おじゃましまーす」
「適当に座って」
グラスの準備をしていると、櫂君がキョロキョロと部屋の中を見回している。
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいな」
「あ、すいません。菜穂子さんちに来ることになるなんて、思いもしなかったんで、つい」
ベッドが置かれている部屋の入り口で、くるりと周囲を見ている櫂君。
「金目の物は、ないよ」
「盗みにきてませんて」
心外ですよ、と櫂君が笑う。
「いい感じの部屋ですね。日当たりもよさそうだし。けど、一人だと少し広くないですか?」
「うーん、そうだね。ちょっと贅沢なつくりかもね」
角部屋で1LDKの間取りは、その一つ一つが広めに作られている。おかげでリビングも広々としていた。
「くつろぎすぎ」
グラスを手にして部屋へ足を向けると、ラグの上で櫂君が大の字になり寝転がっていた。グラスを持った私が真上から見下ろすと。
仰向けになったままの櫂君が「あ。ピンク」と私に向かって指を差す。グラスを持ったまま、咄嗟にスカートを押さえてしゃがみ込み、ペチンとおでこを平手打ち。
「いてっ!」
私に張り手された額をさすりながら起き上がった櫂君をひと睨みして、ビールを開ける。
「本当に男っ気ないんですね」
部屋を眺めながらビールを口にして、櫂君が呟いた。ローテーブルの上には、さっき買った惣菜たちが所狭しと置かれている。
「しかたないでしょ。出逢いがないんだもん。櫂君だって、彼女いないじゃない」
「まぁ、そうなんですけど……。僕の場合は、ちゃんと好きな人がいますから」
「えっ?! 好きな人いるの? 誰? 会社の子? 同期とか?」
何で今まで言ってくれなかったのよ。櫂君に好きな人がいたなんて、ちっとも気がつかなかった。
私が矢継ぎ早に訊ね、興味津々で食いつくと、櫂君は苦笑いを浮かべて話を逸らした。
根掘り葉掘り訊かれると思って、警戒したのだろう。そりゃあ、訊くよ。いいお酒のつまみになるじゃん。
「菜穂子さんこそ。電車の彼は、どうしたんですか?」
「どーもこーも。何にもないよ。朝ホームで見掛けるだけの人と、何か進展があるっていう方が凄くない?」
「一応、そういうのは理解できてるんですね」
櫂君は、苦笑いを浮かべる。それでも、「菜穂子さん次第じゃないですか?」なんて、言い出した。
「本気かどうかってこと?」
私が訊ねると、深く頷いている。
「一目惚れなんて、初めてのことだしねぇ。見掛けた朝は、ラッキー。なんて浮かれるしドキドキもするんだけど。なんて言うか、現実味がないのよね。こう、なんていうの。実際に話をしたり、触れたりっていうのができない分……、二次元的な?」
「アニメですか?」
そっちに走らないでくださいよ、と櫂君がケラケラ声を上げる。ご機嫌な笑い声は、アルコールのせいかな。
「今度、話しかけてみよっかなぁ……」
「マジですか!?」
楽しそうに声を上げる櫂君へ言うと、目を丸くして驚かれた。
「櫂君が嗾けたんじゃない。本気かどうかって」
「いや、確かにそうなんですけど……」
自分から言い出したのに、櫂君は何故だか困った顔をしている。
しかし、話しかけるとは言ってみても、どうやって声をかけたらいいものやら。
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