阪城公大 ⑦

 あぁ、そうか……。俺はとんだ誤解をしていた。


 彼女が俺という人間を見誤っていたように、俺も彼女という人間を把握できていなかった。きちんと事情を話せば譲歩してくれる、そんな意志薄弱な女ではない。自分が正しいと思えたことはどこまでも貫き通す、度し難い依怙地な善人だった。


 いくら時間を費やし言葉を交わしても、きっと、俺と彼女は真に理解し合えない。絶対的に価値観が異なるのだから。このまま互いの言い分をぶつけ合っても平行線をたどるだけ。どちらかより先に、自分の主張を引っ込めるか。


 そして、先に自分の意思を曲げるのは俺の方だろう。彼女は善人ゆえに、正しすぎることが間違っていると思わない。自分の尊さが、時に他人を傷つけることに気づかない。


 南場花月という人間の本質が見えた。それと同時に、再び、足枷のない大学生活を送れる道はついえた。彼女に呪いを解かせる説得材料がない。俺が情に訴えかけても、彼女が倫理的に正しくないと判断すれば、ほだされてはくれないだろう。


 なら、花月の善意の押し売りを受け入れ、また周囲の目に怯えながら人の輪に溶け込むのか? 昔のように、人から頼み事をされれば盲従して。


 それは無理だ。彼女に曲げられない正義があるように、俺にも変えられない価値観がある。


「花月の気持ちはわかった。本当にありがたいほど」


「じゃあ……」


 花月は期待が宿った目で、少しだけ俺に顔を近づけてきた。そんな望みが叶ったような表情をされれば、次に自分の口から否定の言葉を出すのが忍びない。だが、俺の意思をはっきりと伝えなければ、自分のためにならない。


「花月に提案がある。聞いてくれる?」


「うん、もちろん」


「俺はやっぱり呪いを解いて欲しい。人から受けた恩を返さなかったら不幸になるのはけっこうきつい。でも、花月が俺に人付き合いをして欲しいという気持ちは理解した。だから、俺はこれから自分のペースで人と関係を持つようにする」


 花月は俺から引き出したかった言葉をやっと引き出せた様子で頬がゆるんだ。


「うん、それはそうした方がいいと思う。私も協力するからいつでも相談してね。じゃあ、私から末治君にお呪い解くよう連絡入れとく」


 俺の折衷案を聞き入れてくれた花月は早速、スマホを取り出し画面を操作していく。末治に文面で連絡を取ろうとしているのだろう。


 スマホの操作を素早い手つきで済ませた彼女は、俺に身体を向けてきた。


「公大がさっき言っていたことで、言い忘れていたことがあるの」


「言い忘れていたこと?」


 彼女が言ったことをオウム返しで聞き返す。俺としては、さっさと解放されたかったのだが。


「あなたが偽善と蔑んだ行為は、誰かを助けたという事実には変わりないよ。でなかったら、今の私はいないから。そのことを忘れないで欲しいな」


 花月は俺を励ますように言った。一言一句、心から思ったことを言葉して。


 彼女の無垢な声に、少しだけ救われた気がした。


 こうして、俺と彼女の恩返しはそっと幕を下すのだった。

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