阪城公大 ⑥
「私からも聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「公大はどうして、独りになったの?」
「それは……」
俺は花月からの問いかけに対し、素直な言葉を吐き出せなかった。きっと、いや絶対に俺の気持ちなど彼女に理解できないだろう。強者が弱者の気持ちをわからないように、彼女とは根本的に価値観が異なっている。
困難に直面しても投げ出さず、それを常に乗り越えて成功を積み重ねてきた。それが南場花月という勝ち癖が付いた人間なのだろう。
彼女のような強者に、弱者の気持ちを語ったところで理解されない。お前の努力が足りなかったからだと、ぐうの音も出ない正論を叩きつけられるだけだ。始めから説教が返ってくると知って、彼女の『どうして』に対して、委細の答えを語る気にはなれなかった。
だからといって、彼女は俺が口を閉ざすことを許しはしないだろう。一度決めた物事を完遂する彼女の意思の強さは、この数週間で学んだ。全ては話せなくても、断片的になら俺という下らない人間について話していいと思った。
「深い理由なんてないよ。人付き合いが面倒になったから」
「どうして?」
軽々しく答えづらいことを突っ込んでくる。やはり彼女には弱い人の気持ちなどわからないのだろう。
「自分でも言うのもおかしいけど、俺はよく周りの人間に頼られることが多かった」
「うん、公大は小学生の時から周りの人に必要とされた」
「俺はある時、その必要とされることが耐えがたい苦痛になった」
「えっ?」
「昔は、人の役に立ちたいというバカみたいな気持ちはあった。人から褒められて、感謝されることが好きで、人助けにやりがいを感じてた」
「人の役に立つことは、別にバカなことじゃないよ」
眉をしかめた花月に口を挟まれる。彼女の信条を中傷したつもりはないが、そう聞こえたなら申し訳ない。自分のことを語り出すと、どうも視野が狭くなってしまう。
「そうだな。誰かの役に立ちたいというのはとても立派な心掛けだと思う。でも、俺の場合、本心から他人の役に立ちたかったわけじゃなかった」
「どういうこと?」
「俺はただ恐かっただけなんだ。人に頼まれたことを断って、期待を裏切ってしまうことが。残念そうな、退屈そうな、見限られたような、そんな視線を送られることに心底怯えてた」
助けた相手のことなど、どうでもよかった。多少は気にしていただろうが、俺は人から失望されたくないという恐怖観念から行動を起こしていたにすぎない。俺の善行に明確な意志はなく、虚ろな意思で誰彼構わず期待に応えていた。
部活で忙しい同級生のために掃除当番を代わったことがあった。学校を休んだ級友のために授業用のノートとプリントを渡したことも。文化祭の演劇では、熱意があったわけでもないのに大役を押し付けられもした。
八方美人のように助けを求めている人を助けていくと、身も心も疲弊してだんだん人と関わることが億劫になってきた。失敗を成功の糧にすることができず、自信を磨り減らし、卑屈が育った。
なんで俺だけがこんなに頑張らないといけない? そんな悲劇の救済者みたいな痛々しい被害妄想まで及ぶようになった。俺はただ周りに都合よく利用されているだけだと。
「人と関わりを持つことで、誰かに求められることで傷つくなら、関係を断ち切ればいい。完全には無理でも、極力避けることはできるはずだ。独りになれば人から期待されることも失敗に怯えることもないから。だから、誰とも繋がりを持ちたくなかった」
「でも私、梨香から聞いて知ってるよ。公大が梨香を元気付けるために、容姿を褒めたことを。公大が思ってるより、梨香はめちゃくちゃ喜んでいたよ。前より表情も明るくなったし。あと、末治君から聞いたけど最近図書館で女の人を助けたんでしょ。お
「違う。だから違うんだ……」
彼女が何を言いたいのかわかる。口ではひねくれたことを言っているが、本音の部分は違うのだと主張したいのだろう。阪城公大は、心根は優しく強い人間なのだと。
だけど、違うんだ。彼女は阪城公大という人間を見誤っている。過去の栄光を引きずり、彼女は俺を過大評価している。俺は彼女のように優しくも強くもない。卑しくて弱い、どこにでもいる人間なのだから。
「俺にとっての人助けは、誰かのためじゃない。全部、自分のためにやってきた。天宮の時も、雨村の時も、図書館で会った人も、そして花月の時も全部、全部、自分のため。怨返しの呪いがあったから、仕方なく動いただけ。人から嫌われることに人一倍臆病で、いい人間のふりをした。花月みたいに思いやりなんてない。俺がやってきたのは、全部ただの偽善なんだよ」
らしくもなく話に熱が入り、言わなくてもいいことまで言った気がする。不要な自分語りで、危うく目的を見失うところだった。
俺が今日、花月を呼び出した理由をようやく告げる。
「花月が俺のためにお
いつになく
言った後で後悔する。どうも言葉が過ぎた。形はどうあれ、せっかく俺のためを想って与えてくれた恩恵を、おせっかいだと無下に拒んだ。
視野を狭め、耳を塞ぎ、対話を放棄した。
いくら度量の広い彼女でも、さすがに失望しただろう。俺がこんなに身勝手で、人でなしだと知れば。
だが、彼女が俺に見せた表情は、俺が想像したものとはどれも違った。
「おせっかいでも、うっとうしくても、公大にかけたお
花月はいつもように微笑みながら言った。冷たく荒んだ心を癒す、温かい微笑で。
「私は、公大には周囲から孤立して欲しくない。あなたにどんな過去があったとしても。人との触れ合いを断つことが、私には正しいとは思わないから」
「そうだな。花月はきっと正しい。でも、正論で人は変わらないし、救えない。正しいことが、人を苦しませることだってあるんだよ」
彼女の善意を振り払うように、まだ捨て鉢の言い訳をぶつける。いい加減、見限りをつけられても文句は言えない。
だけど、彼女は折れなかった。
「それでも私は、あなたの苦しみをどうにかしてあげたい」
敗北の二文字を知らない彼女が自信をみなぎらせ、宣戦布告するように言った。
「困っている人を見過ごせない。それが私という人間だから」
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