阪城公大 ⑤

 花月は、俺におまじないかけた経緯を、子どもに童話を読み聞かせるような優しい口調で語り始めた。


「私は小学生の時、ある一人の男の子に助けられた。本人は遊び感覚で助けたかもしれないけど、私にとってその人は、恩人に変わりないの」


 俺の目をまっすぐ見つめて、花月は話す。俺は、彼女の純粋に見つめてくる目を受け止め切れず、視線を逸らした。


「当時の私は面倒事を起こすのが嫌で、自分の力で解決することも、人に頼ることもできなかった。だから、その人にはすごい感謝している。私ができなかったことを、いとも簡単に解決して世界を変えてくれたから。その男の子がいなかったら、今の私はいないと思う」


 俺から物申したいことは色々とあったが、彼女の話はまだ終わっていない。口を出すのは彼女の話を最後まで聞いてからにしよう。


「もし、その男の子と再会できる日がくれば、今度は私が何かしてあげたかった。昔の恩を返したくて。あなたのおかげで変わることができたって感謝したくて。そんな願いが通じてか、私は憧れの人物と再会することができた。今から約一年前に」


 花月は、俺がこの大学に通っていたことを一年前から知っていたのか。


 ではなぜ、フットワークのかるい花月がもっと早く俺に声をかけてこなかったのか? 

 

 俺の疑問を答えるように、彼女は言った。


「私は驚いた。昔、あんなに輝いていた人が、今は友達の一人もいない孤独なキャンパスライフを送っていたから。別に一人でいることが悪いと思わないよ。でも、その人はどこか無理して独りになることを望んでいたように見えた。何か嫌なことがあって一時的にアンニュイになっていると思って、最初は見守っていた。私がでしゃばらなくても、時間が解決してくれるか、あの人自身の力で乗り越えていけると期待して。でも、夏が過ぎても、秋が来ても、冬を越えても、その人の背中は寂しかった」


 寂しい。


 確かに俺は、他人にそう思われてもおかしくない大学生活を送ってきた。部活やサークルといったコミュニティーに属することなく、話し相手さえつくらなかった。


 でも俺は、人と関わりを極力避けてきたことに不満を感じなかった。むしろ、友人のしがらみがない日々に安堵していた。


「このままだといけない。何とかしてあげないと。そう思って、高校時代の友人に相談したのが事の発端かな」


「その相談相手が末治で、俺に人付き合いをさせようと怨返しの呪いをかけた」


 俺が最後にまとめると、彼女は頷いた。


 おおよその事情は把握できた。俺に恩を感じていた花月が、ふがいない今の俺を見て知人、友人をつくろうとしてくれた。ただそれは、あまり現実的な話とは言えなかった。


 普通、人から受けた恩なんてその場で感謝を示し、一週間もすれば忘れる。それを何年も想い続けて行動に移すことができるのは、ある意味異常だ。


 そして、彼女は勘違いしている。彼女が憧れている人物など、最初から存在しない。そいつには、彼女のような慈悲深い善意などなく、自分より他者を優先させる殊勝な心など持ち合わせていないのだから。彼女が語った恩人の正体は、人目に怯え精一杯虚勢を張っていた、ただの小心者だ。

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