阪城公大 ③

 末治から依頼人を明かしてもらったその日。俺は自宅に帰るなり、小学生のアルバムを何日かぶりに開いた。以前は、高校のアルバムから目を通し、集中力が切れた頃に小学生のアルバムをめくっていた。だから、顔写真だけを流して見て、一人ひとりの名前まで確認を取らず、彼女の存在に気づけなかった。


 疲労による見逃し。それも彼女を気づけなかった一つの要因だろう。だが、彼女を過去の写真から探し当てられなかった一番の要因は、見違えるほどけていたからだ。


 京橋花月きょうばしかづき


 よく見れば南場花月に似ていなくもない、丸い顔をした女の子が俺と同じクラスにいた。『花月』というファーストネームが一致していなければ、また見逃していたと思う。


 失礼ながら、京橋の姓を名乗っていた頃の彼女は、現在の彼女と違い女性としての魅力があまり感じられなかった。作り物のような薄っぺらい笑顔に、頬に付いた贅肉ぜいにく。当時を思い出しても、彼女は目立った子どもではなく、暗い印象を受けるほど物静かだった。


 それに比べて、今の彼女はどうだろう。人を魅了させる笑みに、恍惚こうこつとさせられる端正な顔立ち。とてもじゃないが、当時の彼女からは想像できない成長を遂げている。女は化けると聞いたことがあるが、まさかここまでとは。それに、苗字も変わっていたとなれば、いよいよわからない。


「小さい頃の私を知る人は、みんな口を揃えてそう言う。見違えるほど変わったって。私自身も、自分の変わりように驚いてる」


 でも、とこぼすと同時に、彼女は視線を落として寂しそうに言葉を紡ぐ。


「あなたには、気づいて欲しかった」


 彼女に名前を尋ねた時のことを思い返す。自分のことを忘れられたように寂しい感情が伝わってきたのは、俺と彼女はかつての級友だったからか。同じ時間を過ごした人に忘れられるのは、確かに切ない。


「どうして、私が公大にお呪いをかけたってわかったの? 末治君から聞いた?」


「いや、末治からはいつもヒントだけもらってた」


「そういえば彼、そんな回りくどいことしてるって言ってた。別に、ばらしてくれてもよかったのに」


 花月が、俺と末治の関係を既知としていたのは、俺の知らないところで情報を共有していたからだろう。末治と花月が二人でいるところを何度か見たという雨村梨香の証言から、それは容易に考えられた。


「それで、末治君のヒントから私に辿り着いたんだ」


「あぁ。ほとんど確証なかったけど。ただ、末治からのヒントで、俺に呪いをかけたやつは、俺のことを怨んでなくて、むしろ感謝してるって聞いたから」


「うん、私は公大にとても感謝してる。今の私がいるのは、公大がいたからと言っても過言じゃないよ」


「花月が俺に呪いをかけた仕掛人だとわかると、末治から出されたヒントにも全部当てはまった。俺と同じ大学に在学していて、小学生の時に体形のことでクラスの男子からいじめられていた。元クラスメイトで、大学に入る前から顔見知り。それから、視力が悪くて黒板の字や遠くにいる人の顔が見えない。ちゃんと思い返せば、末治のヒントは花月に繋がっていた」


「でもそれは、あとからわかったことでしょ? 私が依頼人だと思った理由は何だったの?」


「理由は二つある。一つは、俺に怨返しの呪いが始まった時か、終わった時、いつも花月が側にいたこと。まるで、俺がちゃんと恩を受けた人に恩返しができているかどうか、観察していたみたいに」


 彼女は、うんうんと、俺の話に頷く。その首肯は、俺の話をしっかり聞いているという姿勢であり、俺の言うことを肯定していた。


「それともう一つ。俺が小学生の時に友達の間で流行っていた『ヒーローごっこ』っていう遊びを、なぜか花月が知っていたから」


 ヒーローごっこという極めてローカルな遊びを知っている人間は、この世で数が限られてくる。なのに、彼女は知っていた。俺の記憶に、彼女のような女子小学生は存在していなかったのに。


「花月を依頼人と決定付ける根拠はなかったけど、容疑をかける理由には十分だった」


「なるほどねぇ。それで私を怪しいと思った公大は、末治君に期待半分で訊いてみると、正解だったわけか」

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