鶴見緑 ⑭

 俺の推理を、末治は真正面から否定してきた。余裕で、不敵に、堂々と。


 俺が何か反論をするより先に、末治から弁明を受けた。


「阪城さんが今、述べられたように、僕は過去にいじめに遭っていました。そして、阪城さんが不幸になる瞬間をよく目撃しています。しかし、もう一度ヒントをおさらいしましょう」


 彼はそう言って、右手の人差し指を立てる。


「ヒントその一、依頼者はこの大学に通う学生。

 ヒントその二、依頼者は過去にいじめを受けている。

 ヒントその三、大学に入る前から出会ったことがある。

 そして、今申し上げましたヒントその四、依頼者の視力は悪い」


 人差し指を始めに、ヒントの順番に合わせて中指、薬指、小指の順番に立てていく。


「僕はこの大学に通う学生であり、いじめを受けた過去を持ち、視力はよくありません。ですが、ヒントその三を忘れてはいませんか?」


 俺が唯一、懸念していたことをこの美男は優しく微笑みながら指摘してきた。


「僕たちは、この大学で初めて顔を合わせましたよね。厳密に言うなれば、二十三日前の正午に。阪城さんは、大学に入る前から僕と出会った記憶をお持ちなのですか?」


 俺が答えづらいことを意地悪く訊いてくる。彼の問いに対する答えは、もちろんノーだ。小中高と振り返ってみても、この美男過ごした思い出は俺の中にない。もしかすると、どこかですれ違っていたかもしれないが、今となってはわからない。だから、ヒント三に該当するのか曖昧なまま暴こうとしたが、俺の推理が甘かった。


 俺の沈黙は末治の言うことを肯定しているようなものだった。彼は得意げになって言う。


「つまりそういうことです。阪城さんに呪いをかけたのは僕ですが、僕の一存で呪をかけたわけではありません」


「あらぬ疑いをかけてすいません……」


「いえ、気にしていませんよ。では、気を取り直してヒント出します。おそらく、これが最後のヒントになるかもしれません」


 意味深な前置きを言ってから、五つ目のヒントをくれた。


「阪城さんに怨返しの呪いをかけた依頼人は、。むしろその逆です。阪城さんに、


「えっ?」


 そのヒントは、俺の考えていた犯人像が一気に覆るものだった。人を散々、不幸な目に遭わしておいて感謝している? いやいや、恩を仇で返しているとしか思えない。


 俺が一人、思慮にふけっていると、さらに末治からアドバイスを受けた。


「そんな難しい顔をして、まだわからないのですか? 仕方ありません、出血大サービスですよ。客観的に見て、阪城さんは呪いにかかってからの日常がどう変化しましたか?」


「それは、痛い目にあったり、恥ずかしい思いをしたり、憤りを感じましたけど」


「それは阪城さんの主観ですよね? 僕は、周りから見てどう変わられたかと訊いているんです」


 呪いかかる前と、かかったあと。真っ先に思いつくのは、やはり数多の不幸だ。周りの目から見ても、そう映るだろう。あいつはよく外れクジを引いていると。


 では、それ以外に変わったことといえば? 彼のヒントを玩味がんみして、これまでの日々を思い返す。


 ……あぁ、そうか。そういうことか。


 過去と現在の差異。それは、


 退屈で寂しい大学生活を送っていた俺には、南場花月、天宮満、雨村梨香といった人物はこれまでに登場していなかった。群れからはぐれた渡り鳥のような俺に、少しずつ繋がりができていた。


 それは客観的にみれば、社会の輪から少し外れていた俺が呪いをきっかけに、再びその輪に加わることができた良い傾向に映るのだろう。

 

 末治の予言通り、世界の見方が逆転すると、答えに辿り着くのにそう時間はかからなかった。

 

 末治から与えられたヒントに全て該当するかは、現時点ではまだわからない。調べてみる必要がある。だが、先程の外れた推理より、なぜか強い確信を持てた。


 俺はある人物の顔を思い浮かべて、その者の名を口にした。


 それを聞いた彼は、拍子抜けするほどあっさりと認めた。


「はい、その方が僕に呪いをかけろと依頼しました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る