鶴見緑 ⑬

「俺に呪いをかけた依頼人は、末治さん。あなたじゃないですか?」


 俺のその問いかけに、末治はあっさりと受け止めた。見た限り、動揺の素振りは見られない。落ち着いて話を進める。


「一応、理由をお聞かせ願えますか?」


「俺もこの答えに至ったのはつい先日です。知り合いの天宮という男から、末治さんの高校時代の生活を小耳に挟みました。末治さん、あなたはいじめを受けていたみたいですね」


 美男からの返事がない。人を安心させるような微笑を浮かべたままだ。手応えはまるでないが話を続ける。


「末治さんは二つ目のヒントを出した時、依頼人は過去にいじめを受けていたと言いました。俺に呪いをかけたのが末治さんなら、それに当てはまりますよね?」


「それはそうですが、まさかそれだけの理由で僕が架空の依頼人を作り上げ、阪城さんに呪いをかけたとは言いませんよね?」


「はい、これは末治さんを疑ったきっかけに過ぎません」


 犯人扱いされているのに、他人事のように余裕だ。どうせ、虚勢だろう。心中では慌てふためているに違いない。俺はそう思いたかった。


「俺は、自分に呪いをかけた人間がどういう人なのか考えてみました。人に呪いをかけるくらいだから、まず俺のことが嫌いであると想像するのは難しくありません」


「自分で言っていて悲しくありませんか?」


「悲しいですよ、とても」


 人から嫌われまいと努力していたのに、その姿勢が他者に受け入れられなかったことが悲しい。自分という人間を否定されたみたいだ。


「俺に呪いをかけた人間は、俺を嫌っている。これが前提条件です。そして、怨返しの呪い。この呪いは、嫌いな相手が失敗や不幸な目に遭うところを、頻繁に見たいという目的から作られたものだと考えました」


「はい、それで?」


「俺の失敗や不幸をいつもどこかで見て嘲笑あざわらっていたのは、末治さんしかいませんでした。架空の依頼人がいるといったのは、カムフラージュでしょう。自分以外の人間を疑わせるための」


「つまり、阪城さんはこうおっしゃりたいのですか? 実は依頼人が存在せず、全て僕の自作自演で阪城さんに呪いをかけたと」


「そうです」


 沈黙が下りた。美男から微笑が消え、真一文字に口を結んで何か考え込む。言い逃れを考えているのか、正解の出し惜しみをしているのか。俺に看破されたと認めるなら、さっさと観念して欲しいものだ。


 末治は、固く閉じていた口元を再び歪ませて答えた。


「残念ながら、違います。僕が阪城さんに呪いをかけたくて呪いをかけたわけではありません」

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