鶴見緑 ⑨
俺たちの問題に首を突っ込んで来る暇人は二人いた。
一人は、学生書をゲートに通して入館してきた金髪の男、天宮満だった。
「何、揉めてるんだ?」
苛立っているように聞こえなくもない低い声で割って入って来た。岩山を連想させるその大きな体と態度は、場を支配するのに十分な存在だった。
「天宮……」
俺と相対していた冴えない男は、情けない声で
天宮の来たと同時に、俺の背後から黒髪をおさげにした女、雨村が声をかけてきた。
「公共の場ではしゃがないの」
非難するような厳しい雨村の物言い。そのかわいらしい童顔からは信じられないほど毒舌を吐く。恐いもの知らずで、男勝りの気性。
「雨村まで、どうして……」
冴えないこの男は、雨村のことまで知っていた。鶴見を庇うような行動力といい、妙に顔が広いところといい、本当に何者なんだ? 今朝、南場花月がこの男の傍にいたのも、底知れない何かに惹かれたからなのか?
当事者である鶴見は、もう呆然と目の前の現実を眺めているだけだった。さっきから、人の話を拾うことで精一杯で会話に参加できていない。
「お前ら関係ないだろ。どっか行けよ」
二人は俺の言うこと意に介さず、冴えない男の傍に寄る。
「何でこいつに絡まれてるんだよ?」
天宮が俺に指を
冴えない男は二人が駆けつけたことに動揺しつつも、現状に至る経緯を語った。
「こっちの女性が図書館から出られなかったから、手助けしようと思って」
男が鶴見を見て言うと、天宮と雨村の視線が彼女に向く。鶴見は小さく
「あぁ、そこのメガネかけた人か。それで、何で図書館から出られないことと、そこの男が関係あるんだ?」
「俺の見間違いじゃなかったら、この男の人が、彼女がいない間に本を入れ替えてたんだよ。図書館にある本と、彼女が持っていた本を。貸出の手続きができてない図書館の本は、盗難防止装置に引っかかって持って帰れないだろ。本を入れ替えられたことを知らなかった彼女は、ゲートに引っかかったたわけ」
やはりこの男、俺が図書館に置かれていた本と鶴見が所持する本を入れ替えていたこと見ていたのか。迂闊だった。こんな正義感のあるやつがいたなら、もっと警戒して工作をしておくべきだった。
「それで今、彼女の本を持っているのか確認していたところだったんだけど……」
「
大まかな事情を聞いた二人。先に口を開いて俺に言ってきたのは、雨村だった。
「道理で。アンタとトイレですれ違った時、私に本を押し付けようとしてたのね。読書なんかしないのに、おかしいと思った。下手したら、私に濡れ衣着せるような証拠隠滅方法ね」
「はぁ? 何、でたらめ言ってるんだよ」
「でたらめはそっちでしょ。入れ替えらえた本は、『通過儀礼の愛』っていう恋愛小説でしょ?」
雨村が冴えない男に聴くと、文庫を開き確認を取った。
「あぁ。『通過儀礼の愛』で間違いない」
「私、その本をさっきコイツが持ってるのを見た。まだ、そのバックに入ってるんじゃないの」
ずばり、正解だった。まだ、俺は鶴見から盗んだ本が手元にある。鞄の中を見られれば終わりだ。
俺はただ、気になる女にちょっかいをかけただけなんだ。それが、どうしてこうなった? ごめんの一言で済ませる予定だったのに、空気が重くなっていく。たいした悪気があったわけじゃないのに。
無駄だとは思いつつ、最後の抵抗を試みる。
「バカバカしい。推測だけで人を疑って、もし俺が持ってなかったら――」
「その時はその時だ」俺の話し遮り、天宮が言葉を重ねてくる。
「お前が何も持ってなかったら、お前の疑いが晴れる。本当に後ろめたいことがなかったら、それくらい安いものだろ。それとも何か? 人に見られたらまずいものでも入ってんのか?」
「それは……」
「お前が
言うがいなや、俺と距離を詰めてくる天宮。体格差と、人数差、それに筋の通った証言も出ている。どんなバカにだってわかる。もうお手上げだってことが。
こりゃあ、いよいよ詰んだな。ため息を吐いて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます