鶴見緑 ⑦
寝転んでいたソファーから起き、ぐーっと背筋を伸ばす。両目に片腕を被せ、仮眠を取っていたせいで、少しの間視界がぼやける。度の強いメガネをかけて見えたような世界が、徐々に鮮明に映る。スマホの時刻を確かめると、十二時を少し回ったところだった。
「そろそろかな」
誰に言うわけでもなく、小言をこぼす。
俺の予想では、もうすぐこの館内の出入口方面で警告音が鳴り響く。防災訓練の予定があったわけではない。図書館の出入口に設けられた、盗難防止装置の点検作業があるわけでもない。
なら、なぜ、警告音が鳴ると予想できるのか。もし誰かにそう問われれば、俺がそう仕掛けたからとしか言いようがない。といっても、直接俺が何かをやらかすわけではないのだが。
いつでも立ち上がる心の準備をしていたところ、ピーッ、ピーッ、ピーッ、という不愉快な警告音が聞こえた。俺の読み通り、音の発生源は図書館の出入口方面からだ。
足早に向かうと、盗難防止装置の前で鶴見緑が、黒縁メガネをかけた女性の職員と話し合っていた。まだ、彼女に焦燥感は見られない。
鶴見は、自身のスマホを職員に預け再びゲートを通ろうした。彼女が職員にスマホを渡したのは、機械の反応に引っかからないためだろう。あの盗難防止装置は、稀にスマホから出ている微弱な電波に反応することがある。スマホを体から離すことで、通過できると考えたのだろう。
でも、違うんだよなぁ。
案の定、鶴見はまたしてもゲートに行く手を遮られた。彼女は虚を衝かれたように驚き、女性の職員は首を傾げていた。彼女はもう一度ゲートを通ろうと繰り返えすが、結果は同じ。
身体を委縮させる警告音は、近くにいた何人かの学生たちの視線を集めた。彼ら彼女らはまたかと、好奇と苛立ちの目で鶴見を見る。
わけがわからないという表情をしていた鶴見。そうそう、俺はその顔が見たかったんだと、他者の不幸で悦に入る。
鶴見は、迷子になった子どものように慌てて、両肩に提げていたリュックサックの中身を確認する。息をするのも忘れるくらい必死でリュックの中を見るが、装置に引っかかる物は何もない。その姿を見ていると憐れで、指を指して笑いたくなる。
鶴見が追い詰められて慌てふためく醜態を十分堪能したことだし、そろそろネタバレしてやるか。いそいそとした足取りで彼女に歩み寄る。
しかし、俺が声をかける前に、一人の冴えない男が彼女の元に近寄った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます