鶴見緑 ③

 二限目の講義はあったが、サボることにした。天気が崩れているせいか、天宮に素っ気ない態度を取られたせいか、授業に出席する気力が失せた。親が聞いたら、何のために高い授業料を払って大学に行かせているんだと、説教されそうだ。それでも、倦怠感けんたいかんに抗えず教室ではないどこかに身を置きたかった。


 誰にも邪魔されず、どこかで寝そべりたい。最初に浮かんだのは保健室だったが、その案はすぐに却下した。入退室の記録をいちいち書かなければならず、普段から通っている場所でもないので落ち着けない。


 となれば、大学で快く寝転がれる場所は、図書館くらいしか残っていないだろう。この大学の図書館の中には、いくつかソファーが設けられていた。人が二人、十分余裕を持って座れるくらいの大きさで、クッション性があり、寝心地は悪くない。図書館のソファーで横になるのはもちろんご法度はっとだが、職員の目に映らなければ問題ない。見つかったら見つかったで、気分が悪くなったと同情を買うような台詞を吐いて目溢めこぼしをもらえばいい。


 そうと決まれば、一号館にある図書館へ足を運んだ。階段を広がって歩く男どもを煩わしく思いながら、図書館がある二階へと上る。女の生足でも見れれば、少しは気が晴れたかもしれないが、生憎、目を奪われるような美脚には出会えなかった。


 自動ドアを通って、学生証を出す。駅の改札口みたいな白いゲートに、わざわざ学生証を通さないと入館できないのが面倒だ。退館する時も、空港にある金属探知機みたいな盗難防止装置をわざわざ通らなければならない。学校の体裁を繕って無駄にセキュリティー上げやがって。もっと他のところに金をかけろ。食堂の面積を広くするとか。


 俺はゲートを通った所で、ある女を見かけた。


 黒髪のセミロングで、細い銀フレームのメガネをかけている。グレーのカーディガンに、細身のジーンズを穿いていた。女は棚に列挙されていた新刊の本を手に取り、少しページをめくっては置き直し、また別の本に手を伸ばしていた。いかにも文学女子という風情。


 俺は彼女を知っていた。彼女と同じ電車に乗り合わせ、席を空けてもらった機会があった。俺はその恩返しに、彼女に傘を貸したことがある。


 何かの縁だと思い、俺は彼女に歩み寄った。

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