第4章 鶴見緑

鶴見緑 ①

 時間の流れがとても緩やかに感じた講義が終わり、俺は大きくあくびをかいた。視界が薄い涙で滲む。これでまだ一限目。四限目まである今日のスケージュールを考えると憂鬱になる。


 ゴールデンウイークを終えて、まだ三週間しか経っていない五月の末日。毎日が同じようなことの繰り返しで、夏休みが遠くて恋しく感じる。人生にゲームのようなスキップ機能が備わっていればいいと思うのは、俺が時の大切さを知らない若輩者だからだろうか。


 テレビの天気予報では曇りのち晴れと聞いていたが、それを見事に裏切る荒れた空模様だった。梅雨の到来を思わせる豪雨のせいで気怠かった。北海道では梅雨の時期がないというから、雨嫌いの俺からしてみれば羨ましい。


 ある事情で駅から大学まで傘を差さずに走って来たため、濡れた衣服が肌にくっついて気持ち悪い。さっさと自宅のドアを開けて、浴室に駆け込みたかった。


 教室を出て行く学生の中に、淡いチョコレート色の髪をした女がいた。顔を含め、全身整形したのではないかと疑うくらい綺麗なその女は、見間違うことなく南場花月だった。あれで天然だと言うのだから恐れ入る。胸のサイズも体のラインも実に俺好みだ。


 袖が肘辺りまでしかない牛乳色のワイドスリーブに、艶やかなふくらはぎがよく見えるベージュのスカートを穿いていた。今日みたいに雨が降った日だと、少し寒そうだ。


 そんな彼女の隣に、男がいた。どうも気に食わない。


 見るからに冴えない陰気な男で、全くと言っていいほど花月と釣り合いが取れていない。顔は可もなく不可もなく普通で、トークで花月を楽しませている様子もない。加えて、バケツの水を被ったみたいに全身が濡れていた。あの濡れ具合は俺よりも酷い。


 花月は何が嬉しくてあんな平々凡々で退屈そうな男といるのか理解に苦しむ。花月は良い女だが、自分の価値を正当に評価していないところがあり、男を見る目はさっぱりだ。今度会った時に助言してやろう。


 俺は目の保養に、花月が教室を出て行くまでじっくりと観察した。

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