幕間

幕間 ③

 幼き頃の憧憬を追い続け、彼女の時間は数年の月日が過ぎ、大学生になっていた。


 ランドセルを背負っていた頃の彼女とは、まるで別人。外見と内面、共に目を見張る成長を遂げていた。彼女の華奢な肢体と、くびれた胴回りを見れば、誰からも肥満呼ばわりされることはないだろう。人当たりも明るくなり、物静かな少女の面影は消えていた。過去の彼女を知る者が、現在の彼女と顔を合わせても気づくのは、ほぼ無理と言っていい。わかるとすれば、彼女の成長を近くで見守っていた母親くらいだ。


 彼女の母親と言えば、彼女が高校生の時に再婚していた。母の再婚相手は、連れ子の彼女を我が子のように愛してくれる、度量の広い会社員の男性。


 家族が一人増えたのを機に、彼女の苗字が変わった。人から名前を呼ばれ、氏名を記入する際は、多少不慣れに感じることもあったが、あまり抵抗感はなかった。改名の苦労より、人として尊敬できる父親ができた嬉しさの方が彼女の中で勝っていたから。


 大学生になるまで、彼女は多くの出会いを重ねて、様々なことに挑戦し、成功を築いてきた。まさに順風満帆と言える人生だった。


 一例を挙げれば、高校生の二年生の夏。転校してきた男子生徒がいじめに遭い、彼女はそれを解決する立役者になった。


 その転校生は、新しい環境に馴染めないのか、それとも単にその気がなかったのか、級友たちと距離を取り孤立していた。言葉数は少なく、感情表現も乏しい。そんな彼を、一部の級友が徒党を組んで、陰湿に被害を加えた。


 彼女は、級友たちの悪行が激化する前に注意し、極力、転校生の傍にいることでまもった。クラスでカースト上位にいた彼女が転校生の傍にいるだけで、手を出しにくくなる。そうすることで、いじめという魔の手は静かに引いていった。


 これは、彼女が成してきた奉仕活動の一端に過ぎない。困っている人を見つけては、何度も問題に関与して、正しく導いてきた。助けた人の喜び、安堵、感謝を糧にして。


 すでに彼女は、なりたい自分になれたといっても過言ではなかった。人助けで幸福を感じられる、虚構のようで本物の善人に。


 胸を張れる自分になって、彼女は時折ふと思うことがある。


 自分を助けてくれた少年は、今、どこで何をしているのだろうと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る