雨村梨香 ⑮
雨村とは駅の構内で別れた。彼女から別々の車両に乗って帰ろうと提案され、俺は何の不満もなく承諾した。前の方の車両に乗り込み、空いていた席に腰を下ろす。
花月に恩を返したことで、望んでいた平穏を取り戻すことができた。これからは、駅のプラットホームで転ぶこともなければ、スマホの電源が不自然に切れることもない。理不尽な不幸の日々から脱却できたのだ。
なのに、どうしてだろう。達成感もなければ、解放感もない。
原因はわかっている。花月の恩を返すために、雨村梨香の劣等感を刺激したからだ。自身の都合で、誰かに苦い記憶を刻んでしまったことが許せない。俺は自分の日常を守るために、一人の女に悲しい思いをして欲しかったわけじゃない。
雨村に何か償いをしたい。しかし、彼女の苦しみを救う方法が思いつかない。弱気な性分ゆえに、現状維持という安易で怠惰な答えに帰結する。あの女のために、俺ができることは本当に何もないのか。こんな後味の悪い平穏を
電車に揺られながら、自問自答を繰り返す。しかし、納得の答えが浮かばず行き詰った。雨村の顔を見れば何か閃くかもと淡い期待をして、花月から送ってもらった彼女の写真を見た。
写真の中には二人の美女がいた。比類なき美を備えた南場花月と、ありふれた美を装う雨村梨香。二人を見比べれば、その差は言い訳の余地もないほど明白だった。
意味もなく一年前に撮られた写真を眺めていても仕方ない。画面を閉じようと人差し指で操作しようとした時だった。
「あれ?……」
写真をよく見ると何かがおかしい。そんな漠然とした違和感が浮上した。そしてその違和感の正体をすぐに気づくことができた。
雨村梨香はこの事実に気づいているのだろうか。もし、彼女が気づいてなければ伝えるべきだと思った。彼女の悲しみを少しでも拭えるきっかけを作れるかもしれない。
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