雨村梨香 ⑫
俺は末治の隣に、花月は雨村の隣に座った。席に着いて思ったが、大学に入って初めてお昼のピークタイムに、誰かと揃って食堂に来た。それに、女子が二人もいる。
初体験の感想を誰かに聞いて欲しかったが、緊迫した二人の美女の前でその話題はとても振れそうになかった。
花月は隣に座る雨村にイスごと体を向けて、話の口火を切った。
「この頃、イライラしてそうに見えるけど、何かあったの梨香? 私でよければ、いつでも力になるよ」
「別にイライラなんてしてないって。心配性なんだから」
「本当に? ここで言いづらいなら、ご飯食べ終わってからでもいいから、場所移して話そ?」
「花月は私の保護者じゃないでしょ。まぁ最近、素っ気ない態度を取ってたのは謝るけど。わざわざ直接会いに来るほどのことじゃないでしょ」
花月が真摯に話しているのとは対照的に、梨香はご飯を少しずつ食べ進めていきながら軽く受け流していた。
温度差のある花月と梨香の話し合い。その最中、末治が俺に小声で尋ねてきた。
「お二人は生理の話をしているんですかね?」
「ちょっと黙っててください」
空気の読めない美男は放っておいて、雨村の次の言葉に耳を傾ける。
「しいて言うなら、元部活の人たちとあまり顔を合わせたくないことに悩んでるかな」
雨村は、『元』を強調して言った。雨村にとって、ボランティア部に所属していたのは、とっくに過去の出来事なのだろう。部への復帰は微塵も考えてなさそうだ。
「それは、私も含んでる?」
おずおずと尋ねる花月に、雨村は淡い微笑を浮かべて答える。
「もちろん、花月は例外だって。じゃなかったら、こうして今話してないよ」
「よかった。私、梨香に嫌われることをしてないかなって、ずっと考えてたから」
花月は心から安心した表情を浮かべた。人を魅了する、美しく温かい微笑み。
ただ、雨村は安堵する花月を見て、何が気に食わなかったのか。彼女は笑みを固めたまま、ひときわ冷めた声をこぼした。
「欠点がないから問題なのよ……」
小さな声量ではあったが、彼女の感情がその時だけ、赤裸々に重々しく乗っかっていた。あまりに意想外な彼女の心情の吐露を、上手く汲み取ることができなかった。花月に失言という失言はなかった。なのに、彼女が冠を曲げたわけとは?
花月には雨村のこぼした言葉が聞こえていなかったのか、これといった反応はなかった。淡々と彼女と向き合っている。あの胸がざわつくような声を聞いて平然としていられたのは、周りの喧騒に雨村の声が飲み込まれて聞き逃していたのかもしれない。
「ところで、お昼はまだ?」
閑話休題。冷たい呟きが嘘だったかのように、雨村は再び温もりのある声を出して言った。
雨村の問いに、花月が心底嬉しそうに頷いて答える。
「うん。せっかくだから、梨香たちと一緒に食べてもいい?」
「いいよ。食べる物買っておいで。荷物は見といてあげるから」
雨村は友好的に花月の申し出を受け入れる。冷たい面もあれば、今みたいに優しい面もある。ころころ人格が入れ替わっているみたいで、この女は本当にわからない。
「ありがとう、梨香。じゃあ、公大も行こっか」
「えっ?」
そうすることが当たり前のように、花月が俺を誘う。一緒に付いて来るだけでいいと言っておきながら、次々から次へと注文を重ねてくる。少しは振り回される方の身にもなって欲しい。
花月、雨村、末治の三人の視線が俺に集まる。当人たちは意識して無言の圧力をかけているわけではないだろうが、俺の判断力を鈍らせる。視野が狭くなり、動悸がした。
損得勘定だけでいえば、俺がこの場にいる必要はもうない。
「なにグズグズしてるの。花月が待ってるよ、阪城君」
雨村に催促され、それが決定打となった。自身の主張を胸に閉じ込めることした。
「……わかった、今すぐ行く」
断ると場の空気を悪くしかねない。意志薄弱な俺は流されるままに、バッグから財布を取って席を立った。こうなることわかっていれば、花月を食堂に連れてきた時点で、別れておくべきだった。
唯一の救いは、呪いを終わらせたメッセージが届いたことだ。
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