雨村梨香 ⑪
トレーを持って並ぶ学生たちの間を縫うようにして歩いて行く。時々、後ろを振り返り、花月が付いて来ていることを確認しながら。
二人は白い陽光が射し込む窓際の席にいた。二人のことを何も知らなければ、恋人同士が談笑しながら昼食を取っている光景に映ったかもしれない。
雨村の居所を指さし、花月に教える。
「花月が会いたがっていた雨村梨香は、あの人で間違いない?」
彼女は俺が指さした場所を凝視する。もしかして、目が悪いのだろうか。
「うん」
花月の確認も取れたので、俺がこれ以上食堂にいる理由はなくなった。雨村には急用ができて行けなくなったとあとで連絡し、早々に退散させてもらおう。
「あとは、花月と雨村の問題だと思うから、俺はこれで」
片手を小さく振って立ち去ろうとすると、花月から「ちょっと、待って」と、呼び止められた。雨村と顔を合わせる依頼は果たした。俺はもう用済みだろう。
「このあと、用事がなかったらもう少し付き合ってもらってもいい? 公大がいると心強いから」
用事はないが、これ以上関わりたくない。それに、過大評価もはなはだしい。花月は俺にどんな幻想を抱いているというのだ。無理な理想を押し付けられても困る。
スマホの画面で時刻を確認するフリをし、末治から恩を返し終えたメッセージが届いていないかを見る。残念ながら、まだ来ていない。中途半端に恩を返して、わずかではあるが雨村を探した労力を水泡に帰すのは避けたかった。
であれば、仕方ない。あと少しだけ彼女の悩み事に付き合うしかない。
「俺がいても何もできないと思う。それでもよかったら同行するけど」
「ありがとう、私のわがままに付き合ってもらって」
わがままだと自覚があるなら、初めから誘わなければいいのに。そう思いながらも、表情には出さないように気をつけ、花月と共に窓際の席に向かう。
雨村と末治は会話に夢中で、俺たちの接近に気づいていない。二人を挟む白いテーブルの上には、各々の昼食が置かれていた。雨村のトレーには、野菜を中心としたヘルシーな食事が並び、末治の方は、きつねうどんとだし巻き卵という廉価なメニューだった。
テーブルに触れられる距離まで近づき、俺から声をかけた。
「おまたせ」
雨村は花月の顔を見上げた途端、柔和な笑みを強張らせた。驚愕、憤怒、嫌悪といった感情が顔の筋肉の動きで表れる。しかし、それも一瞬のこと。現状をすぐさま認識した彼女は、薄っぺらい笑みを作った。その瞳には、力強さと鋭さを秘めて。
「お疲れ様、阪城君。ここに来るのが遅かったのは、花月を連れてきたから?」
末治の前だからか、声色が妙に優しかった。その優しさが逆に怖い。
花月が一歩前に出て、真摯な口調で告げる。
「梨香と話がしたくて、ここに来たの」
「そこの男を利用して?」
俺に一瞥をくれて、雨村が言う。
「利用なんかしてないよ。彼には協力してもらっただけ」
「物は言いようね」
花月の悩みは的中していた。雨村が花月にかける言葉には棘があった。上手く説明できないが、視線、声色、態度などに、敵意を感じ取れる。
「とりあえず、お二人とも座りませんか?」
張り詰めかけた空気を緩和するように、末治が一言かける。彼の提案に首を横に振る者はいなかった。
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