雨村梨香 ⑨

 実家のマンションのドアを開くと、室内から「おかえり」と、聞き慣れた母の声が聞こえた。俺は適当に「あぁー」と、気怠けだるげな返事で応えてスニーカーを脱いだ。本や衣類が収まるべきところ収まっていた自室に入る。


 俺はショルダーバッグをベットの脇に置き、小学生の時から愛用している勉強机の引き出しを漁った。物が少なく、整理整頓ができていたので、探し物はすぐ見つかった。過去を懐かしむ、小学生、中学生、高校生のアルバムが。


『阪城さんと僕の依頼者は、この大学に入学する前から会ったことがあります』


 今日、末治からもらったヒント。あいつの話が本当なら、手元にあるアルバムを見れば、俺を怨み抱いていそうな人物を思い出せるかもしれない。キャスター付きのイスに腰かけ、これまでの軌跡を写した写真を眺めていく。


 高校、中学、小学生の順にアルバムを開いていった。写真に写る少年少女たちは皆、目がいきいきとしていて眩しかった。特に、小学生の頃の写真を見て強く感じた。


 当初は、個人写真と名前を見るだけの予定だったが、行事ごとに撮影された写真にも興味を持ってしまった。理性では時間の無駄だとわかっているのに、好奇心が次のページをめくらせる。


 数年前の写真を眺めていると、当時の自分を嫌でも思い返す。将来に無頓着で、周りに溶け込み、一瞬一瞬を楽しんでいた自分を。そして、いかに自分が愚かで傲慢な思想を抱いていたか。他者の顔写真を見れば素直に懐古に浸れるが、自身の顔写真になると正視できない羞恥と自己嫌悪が込み上げてくる。


 一通り目を通し終えると、三十分以上も経過していた。存外、時間がかかった。


 思っていた通り、大きな収穫はなかった。過去に犯した過ちは数えきれないほどあり、そのせいで傷つけた人も同じくらいいた。だから、俺に怨みを持つ人物を特定の一人に絞り切れなかった。


 アルバムを見てわかったこと言えば、女は年齢を重ねていくうちに化けていくということだった。多くの女子は、小学生の時の写真と、中学生の時の写真で雰囲気が変わっている。ふっくらしていた顔がスマートになっていたり、短かった髪を伸ばして髪型を変えていたり。高校生になると、また一段階と大人びていた。


 つまり、染髪や化粧が自由である大学生になった今、過去の写真と今の顔を見比べてもわからない可能性が高い。誰かに指摘されなければきっと気づかない。俺に怨返しの呪いをかけたのが女なら、アルバムを頼りに捜索するのは極めて難解だ。


 俺はアルバムを元の位置に戻し、部屋着に着替えた。


 末治の依頼人を見つけ出すには、とりあえず、音信不通になった花月に恩を返し、また新しくヒントをもらっていくしかないか。

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