雨村梨香 ⑤
「すいません、今ちょっといいですか?」
俺がツインテールの女に声をかけると、あからさまに怪訝な顔をされた。眉根を寄せて、表情筋が全く動いていない。ここまで歓迎されていないと何もなかったことにして退散したくなる。引くに引けない事情があるので、簡単に諦める気はないが。
彼女は立ち止まってくれた。しかめっ
「何?」
ぶっきらぼうで手短な質問が返ってくる。花月から聞いていた話と、写真の中の明るい表情の彼女から、もう少し気さくな人物を思い描いていた。だが、目の前にいる女は俺の想像とかけ離れていた。
「えっ、と、実は……」
彼女を発見した興奮と勢いに任して声をかけてみたものの、話す内容を全然整理できていなかった。次に言うべき言葉が見つからない。
彼女は、なかなか用件を話さない俺に苛立ちを隠そうともせず、ますます顔つきを険しくいていった。気まずい沈黙の間が一秒、また一秒と刻まれていく。
彼女の瞳が食堂に向き、再び歩き始めようとした時だった。
どういう気まぐれか、眉目秀麗な皮肉屋が助け舟を出してくれた。
「もう少しだけあなたのお時間をいただけませんか? 彼、人見知りなので、話を上手く切り出せないと思うんです」
末治からの思わぬ援護のおかげで、少し落ち着くことができた。末治がいなかったら、真っ白になった頭で彼女を黙って見送っていただろう。助かった。
一度は立ち去ろうとした梨香だが、末治の呼びかけに振り返る。
彼女は末治を見ると、退屈そうにしていた目を輝かせて言った。
「はい、いくらでも待ちます♪」
……ん?
人格が入れ替わったのではないかと錯覚するくらい、彼女の対応が激変した。頬にえくぼを作り、
梨香の
「今から購買に行こうと思ってるんですけど、そこのカウンター席で少し話しませんか? 立ち話より楽だと思うので♪」
数秒前の不機嫌な彼女からは信じられない提案だった。本当に何が起こったのだ。
「妙案ですね。阪城さんは構いませんか?」
「あっ、はい……」
腑に落ちないが、梨香の作った流れに乗せてもらった。彼女は先立って、食堂の二階に購買へと向かった。
梨香との親睦を深めに行く前に、はっきりとさせておきたいことがあった。
「何で助けてくれたんですか?」
梨香に気づかれないよう、末治にそっと耳打ちをした。彼の性格なら、慌てふためく俺の姿を陰で嘲笑していそうなのに。
俺に合わせて、末治も声量を抑えて応えた。
「ちょうど喉が渇いていたからです」
「どういうことですか?」
「誰かからメッセージが届いていませんか?」
末治に言われてスマホの画面を点ける。確かに、メッセージが届いていた。
俺は黄緑色のアプリを開き、送られてきた文言を見て思わず舌打ちしそうになった。隣にこの男がいなければ、たぶん舌を鳴らしていただろう。
『あなたに恩が着せられました』
何かあるとは思っていたがそういう
俺は観念したように吐息をこぼして言った。
「ご所望の飲み物は何ですか?」
「アイスコーヒーをよろしくお願いします」
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