天宮満 ⑬
小粒の雨に降られながら、食堂に足を運んだ。昼休みの活気がたった今通り過ぎようとしていたところで、昼食を取り終えた学生たちが次々と食堂を後にした。
俺はカツカレーと味噌汁をトレーに乗せて、会計を済ませる。セルフサービスの水を
やっと落ち着いて食事ができる。そう思っていたところに、隣から聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「隣いいですか?」
俺の返事を待たず、人懐っこい笑顔を浮かべて末治が隣の席に座ってきた。今日も、良質な素材でできたライトグレーのジャッケトに、黒のスリムパンツといった、カジュアルスーツのような格好をしていた。
しかし、いつもの顔と印象が異なっていた。末治はメガネをかけていたのだ。フレームが透明感のあるマリンブルーのメガネ。末治の爽やかさに、知的さが加味して、声をかけられていないと一目で末治とわからなかったかもしれない。
「座っていいとは、まだ言ってないんですけど」
「何を言っているのですか、阪城さん。ここは公共施設ですよ。僕がどこに座ろうと、阪城さんに口を出す権利はないじゃないですか」
なら聞くなよ。
「目、悪かったんですね」
人差し指で自身の眉辺りをとんとんと軽く叩き、メガネのことを尋ねる。
「いつもコンタクトを入れているのですが、たまには気分を変えてみたくなりまして。今日はメガネをかけてみました」
「掛け値なしで似合ってますよ」
「阪城さんに言われなくても知っています」
素直に褒めなければよかった。
「それで、俺に何か用ですか? まさか、メガネ姿を見せびらかしに来たわけじゃないでしょ」
スプーンでカレーライスをすくいながら末治に訊いた。
「阪城さんをここで偶然お見かけしたので、呪いの進捗具合を聞きに来ました」
道理で、手ぶらなわけだ。末治はすでに昼食を済ませていたのだろう。
俺は口に含んだカレーを
「上手くいけば、今日中に恩を返せますよ」
「随分と強気ですね」
別に強気なわけじゃない。どちらかと言えば、弱気だ。俺にはどれだけ時間を割いても、最初に思いつたその方法しかなかっただけだ。
「先週は、恩を返す相手の名前すら知らないとおっしゃられていたのに」
「都合良く、俺の恩返しの相手を知っていた知人が身近にいたもので」
「大学でほっちなのに?」
最近、こいつの毒舌きつくない?
ズボンのポケットに入れていたスマホが振動した。末治に一言断ってスマホの画面を確認する。アカウント名、『kaduki』からのメッセージが届いていた。俺は花月から送られてきた文言を読み、『ありがとう、それじゃあまた後で』と、短い感謝の言葉を書いて返信した。
俺がスマホを操作したことに、末治は話を続けた。
「それで、恩を返せる勝算は、どのくらいあるんですか?」
末治に問われて、天宮に恩を返せる成功率を考える。俺は天宮の立場に立って、自分ならこうされたいと思ったことを、実行している。天宮が感謝してくれるのかは、実際にやってみないとわからない。もしかしたら、俺の計らいが余計なお世話だと、
小心ゆえに、どうしてもマイナス思考になりがちである。カレーライスを食べながら考えた末、成功率を自信なく見積もって言った。
「五十、いや、四十%くらいです」
「半々といったところですか」
「自分がその人の立場なら、そうして欲しいと思ったことをするんで」
すごく抽象的な説明だった。我ながら、口下手だと思う。
「阪城さんが何をされるかわかりませんが、僕は応援しています」
「失敗の応援を?」
「はい」
なんて正直で憎たらしい返事だろう。味噌汁をぶっかけてやろうか。
「それでは、これで失礼します。さすがにこれ以上ここに居座っていると、次の講義に間に合わないので」
終始、笑顔を絶やさなかった末治が席を立つ。
「ところで、阪城さんは水を飲まないのですか?」
「飲まないんじゃなくて、飲めないんで」
「えっ、なぜですか?」
この美男は絶対わかっていて、俺に質問しているだろう。悪戯な笑みがその証拠だ。
「俺が食堂に着いた時くらいに、クーラーポットが壊れたみたいで」
「いやー、それはすごい偶然ですねー、ククッ……」
思いっ切り人を食ったような、棒読みの台詞だった。
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