天宮満 ⑫

 天宮と知人の間柄になった翌日の火曜日。この日は朝から雨が降っていた。


 雨と言っても小雨で、傘をさして歩いていても、傘から伝わってくる雨音は無音に近かった。多少雨に濡れても構わない人は、傘を持っていても開いていない。それくらいの小雨だった。


 昼休みの終わり頃。一号館の図書館にこもっていた俺は、ショルダーバッグを肩に提げて外へ出た。三限目の講義が空いていたので、ピークタイムが過ぎてから食事を取ろうと思っていた。


 湿った外の空気を吸い、食堂へ向かう。その道すがら、俺は偶然、気にかかる二人の男女を見かけた。


 俺より少し背丈の高い男と、銀フレームのメガネをかけた女だ。


 男はメガネをかけた女に、相合い傘をしようと提案していた。それだけを見れば、微笑ましい男の気づかいだと、思うだけだった。


 ただ、メガネの女の方は、男を相手にするのに辟易へきえきしている様子だった。女は男を煙たがり、男から逃げようと一人で屋根の外に出ようとしていた。だが、女の進路に男がしつこく立ちふさがった。最終的に女の方が折れて、男の傘に入っていった。


 その光景を見て不意に、女に傘を差しだす男と、自分の姿が重なった。


 もしかしたら、自分がこれから行うとする恩返しは、あの男と同じではないかと。優しさを履き違えた、恩の押し売り。自信の持てない俺は、そんな懸念に駆られる。


 俺は、メガネの女に同情しつつ、その場から急ぎ足で立ち去った。小雨にできるだけ当たらないように、そして、男女の面倒事に巻き込まれないように。


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