天宮満 ⑩

 待ちに待った放課後になった。


 授業後、天宮にすぐ声をかけてもよかった。だがもし、天宮が誰かと一緒に帰る約束でもしていたら、俺は邪魔者になる。というか、見知らぬ人と下校して気まずい展開にはなりたくなかった。だから、一度、後をつけて様子を窺うという回りくどいことをしている。声をかける心の準備もあるので。


 八号館の校舎を出て、一号館の前を通り、正門を抜けて行く。天宮は、大学の最寄り駅を目指し、舗装されたタイルの歩道を進んで行く。辺りには、四限目を終えた学生が何人も帰路についていた。人混みに紛れて見失わないよう尾行する。


 学外まで来ると、天宮に連れがいるとは考えにくかった。俺は歩調を速め、天宮の隣にそっと並んだ。


「お疲れ様です。今、帰りですか?」


 まぶたを重そうしていた天宮の眼が、パッと見開く。どうやら、また意図せず驚かせてしまったみたいだ。


「またお前か。何度もビックリさせるな」


 台詞だけを聞くと怒りをあらわにしているようであったが、天宮の発する声には心なしか、親しみが込められていた。


「今度は何だ? まさか、またりずに礼がしたいとか言うんじゃないだろうな」


「話が早くて助かります」


 天宮は呆れたようにため息をこぼした。


「俺は今から忙しい。また今度にしてくれ」


「パチンコでも行くんですか?」


 花月から聞いていた、天宮の趣味を言い当ててみた。聞く耳持たずの相手に、少しでも気を引くために。


 思った以上に効果はあった。天宮は小さく口を開けて、こちらを見つめてくる。


「お前、何で俺の行き先を知ってるんだ?」


「何となくそんな気がして」


 天宮の好奇心をくすぐるように言った。狙い通り、彼は無関心だった目を打って変わらせ、食いつくように輝かせた。


「お前も好きなのか、パチンコ? それだったら先に言えよ。これから打ちに行こうと思ってたんだけど、お前も来るか? 大学で同じ趣味を持ってヤツに会ったことなかったから、何というか嬉しいな」


 突然、饒舌じょうぜつになったことから、いかに賭け事が好きなのかひしひしと伝わってきた。


 気分が乗っているところに水を差すようだが、天宮にその手の話に興味がないことを告げる。


「別に好きではないですけど……」


 天宮の晴れていた表情が、一気に曇る。言葉を交わさずとも、彼の心情は読みやすい。


「何だよ。じゃあ、何で俺に近づいて来て――あぁ、そうか、いつかの昼飯代の礼か」


 物覚えの悪い生徒に手を焼いている教師のようだった。


「何回も言ってるけど、別に礼なんていらねぇよ」


「じゃあ、例えばですけど、パチンコをするお金を俺が出すって言ってもですか?」


 当然、例えばの話だ。他人に五千円や一万円もおごれるほど、金銭に余裕はない。もし頼まれても、必ず断る。俺がお金の話を持ち出したのは、本気で天宮の力になりたいことをアピールするためだ。それと、お金の他に彼の望みを聞き出すためでもある。


 天宮はお金の話に喜んで食いついてくると予測していた。が、思いのほか、反応は鈍かった。喜ぶどころか、苦虫を噛み潰したような顔になった。


 天宮は一段と声を低くさせて言った。


「いらねぇよ。人に金を出さすのは気乗りしない。自分で遊ぶ金くらい、自分で出す」


 またしても、花月から聞いていた話と違う。人からお金をねだってまで、賭け事に没頭している鉄面皮ではなかったのか。男子トイレで会った時と同じように、イメージしていた人物像と嚙み合わない。


「でも、前は人からお金を借りてパチンコしていましたよね?」


「誰から聞いた、そんなこと」


 情報源を明かしていいものか。返答に悩む。


 別にこれは、悪口ではない。花月の名前を出しても、彼女に損害を与えることはないだろう。それに、彼女と天宮は、同じ大学に在学していても今となっては疎遠な間柄だ。大丈夫、問題ない。


「花月……南場花月って人から教えてもらいました」


 天宮に花月の名前を出すと、極めて不機嫌な顔をされた。眉根を寄せて、口を固く閉ざす。瞬く間に、いかめしいオーラを全身から放った。


「お前は、南場からどこまで俺のことを聞いている?」

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