天宮満 ⑦

 これまで花月の話を聞いて、天宮に対してわずかに感じていた苦手意識が、俺の中で確固たるものへ変わった。できれば、もう二度と顔を合わせたくない。しかし、恩を返さなければ、俺の平和な日常は理不尽な不幸に蹂躙じゅうりんされる。


 天宮にどんな恩返しをすればいいのか考える。花月が言うには、天宮は賭博に糸目を付けないらしい。なら、現金を渡せば喜んでくれそうではある。ただそれだと、俺の懐具合がよろしくない。何か、他の手はないか……。


 もう少し天宮について知っていることを、花月から訊き出す。


「花月から見て、天宮のこともう少し何かわからない?」


「自分というものをしっかり持っている人かな。思ったことは、はっきり言う人だった」


 別の見方をすると、自己中心的で人の気持ちを考えず発言するやつか。


「他には、何かない?」


「他に、ね……。パチンコが好きなことはもう言ったし……。人柄も話したし……」


 花月は記憶を辿るように虚空を見上げ、熟考してくれた。無言の間を数秒つくり、ゆっくりとした語り口で返事をくれた。


「あとは、細かいことは気にしないこと……。今、思いつく限りではこれくらいしかないかな。ごめんね、あんまり協力できるようなこと話せなくて」


「そんなことない。ありがとう、天宮のこと教えてくれて」


 俺はできるだけ明るい声で返事をした。せっかく俺のために時間を割いて情報を提供してくれた花月に、落胆を悟られるわけにはいかない。本音を言えば、彼女の話を聞いて一気に解決までの道筋を描けるのではないかと考えていたが、それは甘かった。彼女に美徳が備わっていても、万能ではない。


 俺は席を立つ前に、天宮の連絡先を訊いた。


「最後にお願いがあるんだけど、天宮の連絡先を教えてもらっていい?」


「うん、わかった。あとで送っとく」


 俺たちは荷物を持って立ち上がった。教室には俺たち二人と、談笑していた数名の男グループしか残っていなかった。閑散とした教室の階段を下り、出入り口のドアに向かう。


 俺の前を歩いていた花月が、歩みを緩慢にさせて顔を振り向かせた。


「今、思い出したけど、私からも最後のお願い言っていい?」


「何?」


 彼女のやわらかい面持ちから、難しい要求はしてこないだろうと思った。が、前置きをされるとつい構えてします。


「次からは、前の席に座ろうね。黒板の字が見えないから」


 確約できない花月からのお願いに困った俺は、「あぁ……うん」と、曖昧に返事をした。

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