天宮満 ⑥

 次々と学生が立ち上がり教室から退室していく。天宮も例外ではなく、授業を遅れて来たにも関わらず、真っ先に教室を後にした。


 そんな中、俺と花月は座席から動かなかった。


「それじゃあ、何から話そうか」


 花月は人差し指を額にとんとんと当てて、何を言うべきかを考えてくれた。


「まず、天宮君と知り合いになった経緯から話すね。私と天宮君は一年前、この大学のボランティア部に入って知り合いになった。天宮君は大人びた顔をしているけど、私たちと同い年。一回生の初めの頃から、今みたいな感じかな」


 今みたいな感じというのは、金色の頭髪、服のファッション、素行が荒いという外面を指しているのだろう。


「部活に入っていたのは、一ヶ月くらいかな。彼はすぐに部を辞めた」


「短いな」


 春というのは、新しい環境に身を置くことで誤った選択を多々してしまう季節だと思う。部活を一ヶ月ほどで辞めた天宮は、おそらく誤った組織選びをしてしまったのだろう。


 俺は勝手な憶測を立てながら、花月の話に耳を傾ける。


「まぁ、ちょっとしたトラブルがあったから」


「トラブル? 誰かと喧嘩しとか?」


 大学生にまでなって喧嘩ないだろうと、質問しておきながら思った。


 花月は「うーん」と、首を傾げて唸った。言葉がすらすらと出てこないのは、あまり話したくない思い出なのか。それとも、記憶が不鮮明だからか。花月が閉ざした口が開くまで、俺は黙って待っていた。


 待つこと数秒。花月は逡巡しゅんじゅんしながらも言ってくれた。隠していた失態を、申し訳なく報告するように。


「実は……天宮君、お金絡みの問題があって」


「部員のお金を盗んだとか?」


「ううん、違う」

 

 淡いチョコレート色の長髪をかすかに揺らして、首を横に振った。


「天宮君は、人からよくお金を借りていたの。借りたお金は倍にして返すからって」


 賭博中毒者の常套句だな。


「貸し借りしていた額はどれくらい?」


「その時にもよるけど、五千円から一万円。多い時で二万円くらいかな」


 アルバイトをしていない俺からしてみれば、大きな額だった。一体、そんな大金を何につぎ込むのか。俺の疑問を読み取ったように、花月が答えてくれた。


「それで、借りたお金を何に使っているのか訊いたら、パチンコに使ってるって……」


 語尾になるにつれ、彼女の声が小さくなっていった。本人のいないところでその人を中傷するようなことを言うのは、良心の呵責を感じるのだろう。つくづく、優しい女だと思う。それと、聞けば聞くほど天宮満という男の評価が下がっていく。


「天宮に貸したお金はどうなった?」


「ちゃんと皆に返してたよ。倍にして返してもらった人はいないけど」


 冗談を言ったつもりなのか、彼女は努めて口角を上げた。


「借りたお金を皆にちゃんと返していたなら、何も問題ないんじゃないか」


 人から安易にお金を借りるのはどうかと思ったが。金の切れ目が縁の切れ目というし。


「皆にお金を返したって言ったけど、一人だけ返済期日までにお金を返してもらってない人がいたんだよ。その人は別に、多少期限過ぎてもよかったんだけど、周りの人間がそれを許さなくて……。こんなことあんまり言いたくないけど、天宮君は部員からあまり評判よくなかったの。だから皆、天宮君に過失があった時、強く当たった」


 お金の貸し借りが頻繁にある人物と、積極的に関わりを持ちたくないというのは別におかしない。むしろ、敬遠するのが賢明だ。それに、あの不遜な態度。気の強いタイプの人間は、俺も苦手だ。


「天宮君はそれがきっかけで、皆から非難の集中砲火を浴びた。皆から責められた天宮君は、何で関係のないやつらがでしゃばるんだ、ってキレて、ますます皆と溝が深まった。喧嘩にはならなかったけど、皆と冷戦状態になって退部したの」


「天宮が今、何をしてるか知ってる? 大学の講義を受ける以外で、どんな活動してるか。例えば、バイトとか、他の部活かサークルに入ってたり」


「わからない。天宮君が部活を辞めてから、一応連絡を取ったことがあるけど、返事がなくて。他の人も知らないって」

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