天宮満 ④

 金髪の男と再会できないまま五日が過ぎた、五月二十二日の月曜日。五月の日数が少なくなるにつれ、春陽しゅんようの温もりを強く感じた。


 今日に至るまで、怨返しの呪いは容赦なく俺を襲った。


 信号を無視したバイクにかれそうになったり、スマホの電源が唐突に落ちたり、散歩中の犬に嚙まれたり、など……。外の世界に恐怖の念が浮かぶくらい、不自由な日々を送った。


 降って湧いたような災難に一度や、二度、遭遇するのはまだ許容できる。しかし、それが断続的に続いていくのは耐えられない。やはり金髪の男から恩をしっかり返し、呪いを終わらせるしかなかった。


 自分なりに、金髪の男を探索する努力はした。昼食時の購買に行くなど、すれ違う金髪の男性をよく観察した。だが、未だに芳しい結果には繋がっていない。せめて、金髪の男がどの講義を受けているのか把握できれば、いくらでも対処しようがあるのに。


 俺に呪いをかけた依頼人についても、思ったように成果を上げられない。大学に在学していて、いじめを受けた経験がある人物。外見はおろか、性別も判断できない相手に、その二つのヒントだけでどう探せと言うのだ。俺は推理小説に出てくる、発想豊かな探偵ではないのに。


 解決の糸口も見えず、三限目の講義がある六号館の教室に向かった。


 いつもなら、ホワイトボードに書かれた字が見やすい席に座るのだが、今日は先生の目が届きにくい後ろの席に座った。馴染みの席から離れた理由は二つ。一つは、怨返しの呪いの件で頭が一杯で、講義を受けている場合ではなかった。


 もう一つは――。


「おつかれ、公大。何で今日は後ろの席に座っているの?」


 ――南場花月と距離を取るため、だった。


 どうして会いたい人には会えないのに、会いたくない人には会ってしまうのだろう。これも、怨返しの呪いのせいではないかと疑ってしまう。


 黒いボーダーが入った長袖の白Tシャツに、紺色のスキニーパンツといった、どこかのアパレルショップで働いていそうな身なり。ボーダーの入った服は体が太って見られると誰かから聞いたことがある。が、服を上手く着こなしているからか、細身の花月に目の錯覚は起こらなかった。美人というのは何を着ても似合ってしまうらしい。


 予期せぬ登場人物に、いつまでもショックを受けてられない。ほんの一瞬、停止した思考を稼働させる。


「気分転換で、たまには他の席で授業を受けてみるのも悪くないなぁと思って」


 花月に精一杯の嘘をつく。まさか、小心者の俺が直接、花月に『お前と離れたかったから』、などと言えるはずもない。


 花月の怨返しの呪いは、もう決着がついていた。これ以上、接点を持つ必要性がない。それに、どう考えても彼女と俺は不釣り合いで、相容あいいれなかった。


 俺が油で、彼女が水みたいなものだ。見てくれが普通で孤立した大学生活を送る男と、見目麗しく友人に囲まれて大学生活を送る女。どう考えても不相応な組み合わせで、周囲から訝しい視線を集める。


 この時間の講義では、彼女が前の席に着くと知っていた。だから俺は顔を合わせないようせっかく一人で席替えをしたのに、これでは徒労だ。


 俺に避けられているとはつゆ知らず、花月は当然のように空いていた隣の席に腰かけてきた。


「なんでここに座る?」


「気分転換で、たまには他の席で授業を受けてみるのも悪くないなぁと思って。何か不都合なことでもある?」


 花月に微笑みながらそう切り返され、何も言い返せなくなる。彼女を突き放す権利は、俺にないから。


 花月の意思で何とか席を移動してもらえないか、説得を試みる。すでに腰を下ろしていたので、無駄な悪あがきだとは思うが。


「花月の友達で、この講義を取ってる人いないの? 例えば、ボランティア部の人とか」


「一人いるよ」


「それだったら、その人のところに行ったらいいのに」


「今、まさにそうしてる。その友達が私の隣にいるから」


 彼女の隣にいるのは、俺しかいなかった。つまり、彼女が示す友達というのは……。


「俺と一緒にいても楽しくないと思うけど」


「それは、私が決めることだから」


 どうやら花月の中で、俺は友達というカテゴリーに入っているらしい。鼻にかけるつもりはないが、俺が彼女の悩み事を解決するきっかけを作ったことで、余程心証をよくしてくれたのだろう。意図せず好感度上がってしまい、すっかり馴れ馴れしく接触するようになっていた。


 にしてもだ。たった、二、三度しか会ったことがない俺に、こうも簡単に心を開くなんて。この女は誰にでもそうなのか?


 友人と益体のない雑談するように、花月が喋ってきた。末治のように悪戯の心があって接してくるのであれば、不快感を与えない程度にあしらえる。だが、彼女のように純粋な好奇心で接してこられると、なおざりに受け答えできなかった。


 ボランティア部で最近した活動内容、友人と出かけた先での珍事、高校の思い出話。花月は自分のことだけを一方的に話さず、時折、俺に質問を投げて会話を弾ませた。趣味は何なのか、休日はどう過ごしているとか、友達はどんな人がいるのか、など。よく話が尽きないなと、感心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る