南場花月 ④

 一年前の彼女との出会いを回想しつつ、空席の多い前の方の席に向かった。


 机にショルダーバッグを置きイスに腰かけようとした、その時だった。


 俺の懐古かいこをぶち壊すかのように、ハプニングが起きた。


 木製バットがへし折られたかのような音を上げて、腰かけたイスが壊れた。俺は勢いよく固い床に尻から落ちた。脳天に響く衝撃を受け、尻に鈍い痛みが広がる。


 俺は痛めた尻を手でさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。混乱した頭で理解できるのは、教室にいる学生から受ける好奇の視線、驚愕の声、失笑だった。


 何でこんなことに。


 状況が掴めないまま別の席に座り、自分を落ち着かせて考える。普通に着席しようとしただけ壊れるわけがない。そう、普通に考えれば。


 マナーモードにしていた俺のスマホが振動した。画面を見ると、末治からメッセージが届いていた。黄緑色のアプリを開いて内容を確認する。


『ドンマイ(^ω^)』


 あの野郎……。


 あの男がどこかで、ほくそ笑んでいる姿が目に浮かんだ。というか、まだ俺を見張っていたのか。


 これはもう間違いない。この不条理な現象は、怨返しの呪いだ。でなければ、普通にイスに座っただけで壊れるわけがない。


 俺の中で一気に焦燥感が湧きあがった。早くあの女に恩を返さなければ、断続的にこんな痛くて恥かしい思いをさせられる。早急に対処しなければならない。


 俺は次の講義が終わったら、あの女に恩を返そうと強く思った。


 しかし講義後も、あの女が美男美女で構成されたグループから抜けることはなかった。


 俺としては、呪いのためとはいえ、すでに人間関係が構築されていた和に飛び込む気概はない。つくづく、損な性格をしていると自分で思う。


 結局、その日のうちに恩を返すことはできなかった。

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