南場花月 ⑤
五月十日。水曜日の一限目。待望していた恩返しのチャンスが到来した。
火曜日はあの女と会う機会がなく、散々不幸な目に遭った。一例を挙げると、道端に落ちていたバナナの皮を踏んで
眠気が取り切れていない重い身体で教室に入ると、綺麗な淡いチョコレート色の髪の女を見つけた。服装は違えど、一本一本がまっすぐに伸びた髪と色。そして端正な顔立ちからして、先日、俺にルーズリーフをくれた女で間違いなかった。
彼女の服装は今日も垢抜けていた。グレーのロングカーディガンを羽織り、紺色のスキニーパンツを穿いていた。
俺は自身に発破をかけて女に近付いた。この時間、彼女を取り囲む友人は一人もいなかった。一対一のコミュニケーションなら、まだそれほど人付き合いにストレスを感じないで済むだろう。
講義が始まる前に、俺は彼女の後ろから声をかけた。
「今、いいですか?」
俺の声に反応して、女の肩がびくんと跳ね上がった。別に驚かせるつもりはなかったが、驚かせてしまったらしい。
女は目を見張った顔で振り返った。
「えっ、何?」
「月曜日の三限に、あなたからルーズリーフをもらった者です。あの時はありがとうございました。これ、その時のお返しです」
俺はそう言って、新しいルーズリーフを十枚差し出した。
女の表情はかたかった。まだ状況が読み込めていないらしい。
「とりあえず、これを受け取ってもらえると助かります」
「でも、私は別に……」
「お願いします」
多少、強引ではあったが、ルーズリーフを彼女の肩に当てて言った。
「そこまで言うなら、はい、いただきます」
女は終始、不思議な面持ちでルーズリーフを受け取ってくれた。
よし。これで怨返しの呪いが終わるだろう。災いに怯えることなく、日常生活を送れる。
それにしても、末治から連絡が来ない。呪いが止まると俺に伝えると言っていたのに。
教壇に立つ男性教師が出席を取り始めた。俺は怨返しの呪いのことは一度忘れて、講義に集中した。
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