南場花月 ②

 俺は三限目の講義が終わるなり、大学生協の購買に足を運んだ。食堂と同じ建物の二階にある。


 俺が受けていた三限目の講義が早く済んだからか、購買は閑散としていた。利用客は俺を含め、数人しかいない。


 購買に来た理由は、言うまでもなくルーズリーフの購入である。それがないと、今後授業ノートが取れない。何より、あの美女から受けた恩を返せない。


 会計を済まして中庭に出ると、知り合って間もない美男が正面から歩み寄って来た。


「約一時間ぶりの再会になりますね」


 末治は爽やかな微笑を作りながら言った。


「早速、人から恩を受けましたね。人付き合いがなければ呪いなんて意味がない、とおっしゃっていたので、周囲の人と距離を取ると思っていましたが、僕の早計でした。阪城さんは人望が厚いですね」


 末治の嫌味を無視して、俺は言った。


「何で、俺が人から恩を受けたことを知ったんですか?」


 あまりにも連絡が来るのが早すぎた。まるで、俺を近くで監視していたみたいに。


「阪城さんに呪いをかけたのは、この僕です。呪いの効果の有無くらい把握できます」


 嫌がらせを得意げに語られても困る。というか、腹が立つ。


「ところで、阪城さんは購買で何か買われたんですか?」


 末治は、俺が右手に提げていたビニール袋を見て言った。


「ルーズリーフがなくなったんで、買いに行ってたんです。それに、さっきの恩返しのために必要なんで」


「恩返しに必要?」末治は、俺の言葉に疑問符を付けて言い直した。


「さっきの講義で、ノートを取るための紙がなかったんですよ。そしたら、俺の後ろの席に座っていた人が、ルーズリーフをくれたんです」


 俺が説明を補足すると、末治は納得の色をみせた。


「あぁ、それで何枚か利子を付けてルーズリーフを返そうとするつもりだったのですか?」


「はい」


「そうですか。それで上手くいくといいですね」


 まるで上手くいくことがないみたいな物言いだった。


「何か問題でもあるんですか?」


「いえ、何も。何か気にさわるようなこといいましたか?」


「気にさわることじゃなくて、気になることを言われた気がしたんで」


「そうですか。でしたら、誤解を招くような発言をして申し訳ございません。阪城さんが何を気になったかは知りませんが、僕に他意はありません」


 そう言われると、俺から何も言えなくなる。例え、末治が何かをごまかしていても。


「話はそれだけですか? なければ、次の講義があるんで行きます」


 次の講義にはまだ時間があった。ただ、末治と必要以上に関わりたくないので、さっさと別れを告げた。


「待ってください、阪城さん」


 この場から離れたい俺の本心を露ほども知らない末治は、のんきについてきた。


「もう少し一緒にいませんか?」


「いや、でも、話すことはもうないんですよね?」


「阪城さんは、呪いのせいで愉快な……不幸な場面に遭遇するかもしれません。その時、僕は阪城さんのことを鑑賞……サポートしていきたのです。だから、阪城さんの側で嗤わせて……見守らしてください」


 本音がだだ漏れだな、おい。


 末治は何食わぬ顔で言い直しているが、言葉の節々に嗜虐心しぎゃくしん露呈ろていしていた。この男にとって人の不幸はみつの味なのだろう。やはり、この美男は危険だ。用件がない時は、逃げるのが一番。


 一方的に話しかけてくる末治に、最低限の返事をして歩く。次の講義がある八号館(六号館に隣接した学内で一番高い建物。多数の教室と、教授室がある)へ向かって。

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