末治英雄 ⑥

「他に何かありませんか?」


 末治にそう聞かれたが、俺は首を横に振った。今のところ聞きたいことがなくなり、さっさとこの場から立ち去ることが望みだった。


「では、僕の方から最後にお願いがあります。阪城さんの連絡先を教えてください」


 いやです。


 とは言えず、代わりに「どうしてですか?」と、理由を尋ねた。


「阪城さんに怨返しが発動した時、知らせるためです。理不尽な不幸にでも遭わないと、怨返しが始まったことに気づかないと思いますから。まぁ、僕なりの配慮です」


「ご親切にどうもありがとうございます。その親切が、呪いを解くという方向に働いてくれればいいんですけど」


「それはできない相談ですね」


 しぶしぶ、スマホを取り出して末治と連絡先を交換した。


 俺は基本的に他人に連絡先を教えるのが好きではない。連絡先を交換しても、あまり連絡を取ることがなく、いつの間にか自然消滅しているというのがむなしいからだ。


 しかし、末治が嫌な人間でも連絡先を交換する必要がある。真偽は定かではないが、俺に怨返しが始まるとしらせてくれると言ったのだ。これは俺にとって悪い話ではない。


「阪城さんに伝えておくべきことは伝えたので、僕はこれで失礼します」


 コーヒーありがとうございました、そう言って、末治は俺の前から去って行っていた。


 俺もいつまでも自動販売機の近くにいても仕方ないので移動する。昼休みが始まってから随分経ち、そろそろ食堂で昼食を取っていた者が席を立つ頃だろう。栄養食品を食したといえ、気休め程度にしかならない。向かうは、空腹を満たす食堂だ。


 すれ違う人とぶつからないように歩きながら、昼休みの出来事を省みた。


 人の不幸をわらう美男との邂逅かいこう


 怨返しという迷惑極まりない呪い。


 俺に何かしらの怨恨を抱いている復讐者。


 温かい春風が、そっと俺の頬を撫でた。その風は、俺が望まない新たな出会いを運んできているようだった。

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