末治英雄 ⑤

「僕からの説明は以上となりますが、何か質問はございますか?」


 末治は、ご丁寧に質問タイムまで設けてくれた。親切にしてくれるなら、もっと呪いのことを話して欲しいものだ。俺としては、呪いについて何も知らなかったから、あまりに情報不足で訊きたいことがたくさんある。


 俺は遠慮なく問いを投げた。


「どうすれば、このふざけた呪いを解けますか?」


 呪いによって不幸な目に遭うことは滅多にないと思うが、念のために呪いから解放する術を知っておきたい。


「人から受けた恩を返すことです」


「そんな一時的なものじゃなくて、根本的に解く方法です」


「依頼者がやめるとおっしゃれば、僕が呪いを解きます」


 依頼者? そういえば、出会った時も『ある人の依頼によって』と、言っていたような気がする。


「俺に呪いをかけろって言われた人から頼まれて、末治さんが呪いをかけたんですか?」


「はい」


 あっけらかんと認める。人から頼まれたことをやっただけで、負い目をまるで感じていない体だった。


「どうやって俺に呪いをかけたんですか?」


「阪城さんに呪いをかけようと思い、呪いかけました」


「末治さんの意思じゃなく、その方法ですよ。わら人形に釘を刺したりとかあるじゃないですか」


 末治はわずかな沈黙を挟み、「おかしなことを聞きますね」と、言った。首を傾げ、眉が八の字になる。訊いた俺の方がおかしなことを言ったのではないかと、自信をなくす。


「質問を返すようですが、阪城さんは手を動かす時にどうしますか?」


「それは、手を動かそうと思って動かしてますよ」


 戸惑いつつも、思った通りに答える。


「では、足は動かす時は?」


「一緒ですよ。動かそうと思って動かしてます」


「僕もそれと一緒です。呪いをかけようと思ったから、呪いをかけました。それ以上の説明を求められてもお答えしかねます」


 つまり末治はこう言いたいのか。人に呪いにかけることなど、常人が手足を動かすのと同じくらい容易いことだと。あまりに現実離れした話で、自分が巧緻な仮想空間にいるような錯覚を覚える。


 人間の皮を被った、何か。出会った時からこの男には何かあると思っていたが、よもや人間であることを疑うとは思ってもみなかった。末治英雄という男の正体は一体……。


 とにかく今は、どんな情報でも引き出すことが先決だ。呪いというオカルトの存在を認めてしまうようだが、身の安全には変えられない。


「じゃあ、末治さんが呪いを解くことができるんですか?」


「はい。呪いをかけるも、解くも、僕しかできません」


「だったら、今すぐ呪いを解いてください。俺の日常に支障がでるとは思えませんが、もしもの時に困ります。迷惑です」


 内心、ドキドキしながらも強気に言った。完全に相手に非があり、こちらに過失がなかったとしても、明確に人を拒絶することや、嫌悪を向けると心が痛む。それに、相手が逆上して理不尽に暴言を吐かれ、暴力を振るわれたらと思うと、正直恐い。小心者で非力な俺は対処できる術を持ち合わしていないから。


「先程も申し上げた通り、それはできかねます。依頼者がやめろと言うまでは」


 俺の要求を聞き入れられなかったが、末治が癇癪を起こすようなことがなくてよかったと安堵する。爽やかな微笑のままだ。


「なぜですか?」


「依頼者の要望、とだけ言っておきましょう」


 末治は呪いを解く手段を持っていても、解く意思はない。何か弱みでも握られているのだろうか。ここまできっぱりと断られると、俺が何回頼んでもかんばしい返事はもらえそうになかった。


「それだったら、末治さんの依頼者を教えてください。俺がその人にやめてくださいって、言うんで」


「それはお答えしかねます」


 ここにきて、初めて質問をかわされた。肯定でも否定でもない、秘密。


 怨返しの呪いを解くことができる重要人物だけあって、そう簡単にはわからないか。


 末治はコーヒーを口に含み、続けてこう言った。


「依頼者の名前を、阪城さんにお伝えできません。ですが、ヒントを出しましょう」


「ヒント? 依頼者の性別とか年齢を教えてくれるんですか?」


「はい、そうです。では、ヒントを出します。僕の依頼者はこの大学に通う学生です」


「はい、それで他には?」


「今はそれだけです」


 あってないような手がかりだ。小さなパズルのピースを一枚だけもらったような残念な感じ。それ一つでは、全体が見えてこない。


 友人はおろか、知人もいない俺にとって目星が一人もいない。つまり、末治の依頼者を探し出すには、この大学に通う学生全員を疑わなければならない。


 俺が所属している経済学部だけで、約三百人にいる。他学部も合わせれば、一学年で約千人。全学年合わせると、四千人。見た目は子どもで頭脳は大人の名探偵でも呼んでこないと、探し出すのは不可能だ。


「この大学の在学生、という情報だけでは探し出すのは困難かと思います。ですので、怨返しの呪いにかかって解くたびに、ヒントを追加していきます」


「ヒントの出し惜しみも依頼者の指示ですか?」


「いえ、僕の裁量に任されています」


 嫌な性格してるな、本当に。この男と喋っていると、見下されているような感じがして無性に腹が立つ。まさに慇懃無礼いんぎんぶれいのお手本と言っていい。

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