末治英雄 ②
「はぁ?」
美男の話を聞き、俺が最初に放った一言はそれだった。
初対面の相手に対して失礼極まりない返事だと思う。でも、
「ある人の依頼により、あなたに呪いがかけられました。ですので、これまで通りの退屈で寂しい大学生活には戻れません」
男は整った顔をにこにこさせて、
呪い? そんな非科学的なものは、創作物の中だけにある現象だろう。退屈で寂しい大学生活を過ごしていることは否定できないが。
「どういうことですか?」
ひとまず
「口で説明するより、実際に体感して、納得してもらうのが早いと思います」
男はジャッケトの懐に手を潜らせ、黄色い正方形の箱を取り出した。それが何か、一目見てわかった。ほとんどの人に周知され、栄養が手軽に摂取できるカロリー何とかという栄養食品だった。
「阪城さんはまだ昼食を済ませていないとお見受けしたのですが、よろしければどうですか?」
「知らない人からお菓子をもらうなと教育されてきたんで」
俺はそう言い、右手の
何が可笑しいのか。美男はフッと、鼻で笑った。
「確かにそうですね。とんだ失礼をいたしました」
男は俺に体を向けて
「大変申し遅れました、僕は
芝居がかった自己紹介だったが、この二枚目がやると違和感がないから反応に困る。
「それで、この栄養食品と呪いは何か関係あるんですか?」
「いえ、この食べ物に直接関係はありません。ただ、この行為自体に意味があるので」
ちなみにチョコレート味です、と言われ金色の袋を受け取った。これがさっきまで男の懐で温められていたものだと思うと、あまり食欲が湧かなかった。しかし、思いのほか手にした袋に温もりはなく、朝食を抜いて空腹だったこともあり、
末治も、金色の袋を開けて食べかすが落ちないよう、割ってからチョコレート色の固形物を口にした。味も見た目を、どこにでも売っている有名な栄養食品と何ら変わりなかった。俺の目と舌では、何か細工が
「ちょうどお腹が空いていたので助かりました」
不必要な物ではあったが、空腹だったお腹の足しになったので感謝を述べる。
完食しても身体に何も異常は起きていない。しいて言うなら、喉が渇いたくらいだ。
「それで、呪いって何ですか?」
「多少強引で、微々たるものでありましたが、今、阪城さんは僕に恩を感じましたよね」
「えぇ、まぁ。それがどうしたんですか?」
「僕にその恩を返してください」
その発言で男の好印象が反転した。言葉遣いが丁寧で、表情がやわらかく、人付き合いに上手く慣れていると評価していた。が、善行に見返りを求めてくる厚かましさに嫌気がさした。自分は人のために尽くした、だからその人も自分のために尽くすべきだというのは価値観の押し付けにすぎない。末治英雄と名乗ったこの男に、不審が深くなった。
しかし、末治はすぐに前言を撤回した。
「失礼。今、僕が言いたかったこととは少し違いました。誤解を招くような発言をして申し訳ございません。言い直しますと、恩を受けた人に恩を返さないと、阪城公大さん、あなたに災厄が降りかかりますよ」
「今どき、誰もそんな安い詐欺の手口に引っかかりませんよ」
それはそうですね、と余裕のある微笑み崩さず、末治は俺の言葉を肯定した。この男は一体、何をしたいのだろうか。
無駄に容姿が整い過ぎた男に声をかけられた時から、関わり合いたくなかった。加えて、おとなしく話を聞いていれば呪いがかかった、恩を返さないと不幸が訪れると言われた。もうこれ以上、この男に関わることはやめよう。可及的速やかにこの場から退散したい。
適当な言い訳をつくって立ち去ろうと企てると、男がしつこく根拠のない警告をしてきた。
「冗談でも脅迫でもなくて、それがあなたにかかった呪いですよ。信じるも、信じないも阪城さん次第ですけど」
「わざわざ警告しに来てもらってありがとうございます。まぁ、痛い目に遭わないよう、気をつけます」
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