序章 末治英雄
末治英雄 ①
五月八日。大型連休明けのキャンパスは、
二限目の講義を終えて昼休みになった。お腹の空き具合に関係なく、教室を出て図書室に向かう。キャンパスライフを単独で過ごす俺にとって、人が溢れる二限目直後の食道ほど居心地の悪い空間はない。
六号館(大学の中心にある七階建ての建物。主な使用用途は講義全般)を出て、外の陽射しを浴びる。大学の敷地内は手入れの行き届いた多様な庭木が立ち並び、クリーンな風景を彩っていた。見慣れた緑の風景に何の感慨もなく、ベージュ色のタイルで舗装された道を歩いていく。
ぼうっとした頭で一号館(正門近くにある四階建ての建物。教務課や図書館がある)に向かう道すがら。聞き覚えのない澄んだ男の声に、呼び止められた。
「
声がした方に振り返ると、背丈の高い男がいた。
男は爽やかな微笑みを浮かべていた。同性の俺でも一瞬、返事を忘れて
「あの、阪城公大さんで間違いないですよね?」
黒髪の美青年から重ねて名前を確認された。
「はい、間違いないです」と、俺は戸惑いながら応えた。
男は俺を認めると、右手を差し出してきた。差し出された手が何を意味するかわからず当惑したが、数秒考えてから握手のサインだと気づいた。
「お会いできてよかったです」
男は愛想よくそう言い、握手を交わした。男の手は細くてやわらかく、これまで汚れたものを触ったことがないみたいに綺麗だった。
「阪城さんにお話したいことがあります。今、お時間は大丈夫ですか?」
「えぇ、まぁ……」
とっさに言い訳が思いつかず、曖昧な返事をした。人間関係を忌避する俺としては、正直、この美青年と関わりたくなかった。素直に言動に移せなかったのは、俺が押しに弱いからだ。
俺と見知らぬ男は、近くにあった木製のベンチに腰かけた。ベンチの後ろには、人工芝でできたグラウンドがある。サッカーの試合ができるほどの面積で、今は数人の男たちがボールを蹴って遊んでいた。
感心するほど礼儀正しくて、非の打ち所がないほどの美男とは、縁もゆかりもなかった。容貌、性格、品位からして、住んでいるまるで世界が違う。それなのに、俺に話とは? そもそも、なぜ俺の名前を知っている? この男との接点が何一つ思い浮かばない。
突然、声をかけられた緊張がほぐれていき、ふつふつと疑問が湧いてきた。冷静に思考ができるようになり、男の目的を推測する。時季外れの部活の勧誘? それとも、噂で聞いたことがある宗教のお誘いだろうか。
男の目的をそうこう考えていると、彼から話の口火を切ってきた。
「単刀直入に言います。あなたの空虚なキャンパスライフは終わりました」
男は爽やかな笑みを浮かべながら、確かに俺にそう告げた。
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