第3話・通り雨

     ――×――×――




「それじゃあ行こうか」




 瓦礫とは反対方向に歩き始めた。


 あのミサイル。

 随分と上空を飛んでいたみたいだから。目的地ももっと離れていたのだろう。


 迎撃していなければここで被害が出ることは無かったろうが。

 人口密集地への直撃を避ける為には仕方なかったのかもしれない。




(戦争が始まったばかりのころはもっとパニクってたと思うんだけどなぁ)




 ゆっくりと心が死んでいく自覚がある。

 完全に死んでしまう前に。

 あるいは身体が壊れてしまう前に。


 さっさと辿りつかなくては。




「ねぇ沙代ちゃん。おじいちゃんの家、わかる?」




 駅は意外と広く向こう側へ大回りするのには些か時間がかかった。

 私は美少女が隣にいれば沈黙などむしろ嬉しいたちの人間だが。

 沙代ちゃんは違うだろうと思い声を掛ける。




「うーん。いつもはここからお車だったから……」




 帰省あるあるだな。

 どれくらいの距離があるのか聞いても。

 これくらいの年齢ではハッキリとはわからないだろう。


 ならば。




「そうだよね。じゃあなんとなくでいいからさ、歩いて向かってみない?」


「お車は?」


「お姉ちゃん持ってないんだ。ほら、さっき凄い音がしたから、おじいちゃんもびっくりして家に一回帰ってるかもしれないし」


「そうかな……?」


「うん。きっと」




 沙代ちゃんの美しい顔に翳りが落ちる。

 まぁ何となくというか無意識下というか。

 その辺りで自分の祖父がどうなってしまったのかを察しつつあるのだろう。




「どんなに遠くても大丈夫。お姉ちゃんがなんでも好きなもの買ってあげるから」


「本当? やった!」




 ふふふ。このちょろさも少女の魅力の一つね。

 私が今一番買いたいのは紗代ちゃんだよ。と言いたい。

 意味すら理解してもらえないか。

 いやそれはそれで良いかもしれない無知シチュなるものもあるし……。




「……雨?」




 ゲスな考えにお灸を据えるように。

 大粒の滴がぴしゃりと落ちた。




「……強まりそうだね」




 黒みがかった灰色の雲が頭上を埋め尽くしつつあった。

 これからしばらく歩くことは決まったのだから。




「沙代ちゃん、ちょっと休憩しようか」




 少女相手には初めてこの台詞を放った。




     ――×――×――




 当然ラブホテルに連れ込むなんて無粋な真似はしない。

 駅の近くにあるさびれた旅館の暖簾のれんをくぐった。


 流石は疎開地の1つだけあって。

 泊まる場所はチェーン店以外にもたくさんあった。




「お嬢さん方も東京から?」




 部屋の準備をしながら女将さんが聞く。

 先に入れてくれたお茶を飲み。

 湯飲みから口を離して返す。




「ええ。祖父の家に向かおうと思ったのですが、この雨で」


「そうでしたか。ゆっくりしていってくださいね」




 沙代ちゃんはお手洗いに行っている為適当な嘘で誤魔化す。

 お姉ちゃんが手伝ってあげたい気持ちはあるがまだ早い。

 現段階で警戒されてしまっては終わりだ。




「入浴剤は好きなのを使って下さいねぇ」




 女将さんはふすまを閉め部屋から出た。

 おかしな別れの挨拶だと思ったが。

 温泉の湧いていない旅館ならばそれもまた致し方ないのかもしれない。




「…………」


「…………さ、沙代ちゃん……?」




 それは一瞬の出来事だった。

 トイレから戻ってきた沙代ちゃんは大きなあくびをして。

 座布団に正座する私の膝を枕代わりにて寝てしまったのだ。




「(警戒心とか……ないのかな……)」




 これがもし喜久きくちゃんならば。

 確実に誘っている合図だと受け取っておっぱじめるのだが……。


 だめだだめだ。

 煩悩を振り払え。

 私は枕だ。




     ――×――×――




 限界だった。

 煩悩との葛藤もさることながら足の痺れが恐怖を感じる程度になってしまった。


 このままでは壊死えししてしまうのではないだろうか。

 等という疑念も浮かび。


 私はようやく少女の頭部をもう1つ敷いた座布団枕の上に移動させた。

 起きることはなく一安心する。


 さて。


 このまま同じ空間にいればどんな間違いが起きてもおかしくない。


 自分を客観的に見ることを成功させた私は一度部屋を出ることにした。

 館内はさほど広くないが構造程度は把握しておこうという名目で。




「あんたのせいでこんなところにいるんだから……少しは働いておくれ」




 なんの変哲も無い壁からうっすら声が聞こえる。




「っるさいな。決めたのはあんたらだろうが」




 1つはさっきの――些か語調が強いけれど――女将さんのモノだ。

 返す言葉の持ち主はおそらく初めて聞く。


 かっこいい声だがおそらく女声。




「誰のせいなのかを考えなさいって言ってるの」




 喧嘩だな。

 壁越しに旅館の事務所でもあるのか?


 壁伝いにあるいていくと。

 案の定職員部屋なるプレートが下がったドアを見つける。




「あたしは悪くない。耐えられなかったあんたらが弱かっただけだ」


「このッ!」


「あ、あの~」




 次の一手で暴力が放たれると判断し。

 大きなお世話とわかっていながらノックをする。




「あっはい。いかがいたしましたか?」




 焦りながらも接客用の顔を作った女将さんが顔を出す。


 部屋の奥に佇んでいたのは。

 女子高校生の制服を纏った少女だった。


 気の強そうなボーイッシュな女の子。

 可愛いというよりは格好良い。

 落ち着いた雰囲気を纏い大人びていて綺麗。

 つまりどういうことかといえば垂涎する程のタイプだ。




「お風呂の場所を聞きたくて……」




 とっさに何かを言える大した頭脳を持っていなかった私は。

 ここに来るまでに見えた『浴室はこちら』という看板を思い出して。

 そんな事を聞いてしまった。


 すぐ近くに看板があるのに。

 とんだ馬鹿丸出しだ。




     ――×――×――




「先程はすみませんでした。お見苦しいところを……」




 日が暮れ女将がさんが膳を用意しながら申し訳なさそうに。

 言葉を零した。


 浴室の場所を聞いたときは。

 怪訝そうな顔一つせずすぐに案内をしてくれたが。


 やはりあのベストタイミングに馬鹿丸出しな質問では。

 私が盗み聞きを働いていたことなど見え透いていたようだった。




「あの子ねぇ、レズなんですよ」




 一つの深いため息を吐くとそう続けた。

 あまりに唐突過ぎる。

 もう三つほどため息を重ねてくれていたらこちらも。

 相談事を聞こうという心構えができていたいうのに。




「は、はぁ」




 どうやら私が働いた盗み聞きの範囲を把握し損ねているらしい。


 別にそこまでは聞こえていなかったのに。




「噂が地元で広まっちゃってねぇ。軍の基地もある市だったから……最終的にはいられないくらい嫌がらせを受けちゃって」


「そうだったんですか」


「はぁ……なんであの子がレズなんかに……」


 色々といいたいことはあるが。

 こちらは大人であちらは家庭問題だ。


 ここでは深刻そうな顔をして。


「心中お察しします」


 とだけ言った。


「すみません。聞かれてしまった以上話さなくちゃと思いまして」


「いえ、お気になさらず」


「あの子はしばらく帰って来ないと思いますので、心配はなさらないでください」


「この雨ですよ?」


「ですがあの子にとっては雨の降っている外の方が居心地がいいらしいんですよ」


「そうですか。女将さん」




 私はなるべく本心を悟られないように。

 なるべく正義感を醸し出して問う。




「娘さんのお前だけ伺っていいですか?」




     ――×――×――




 雨脚は強くなっている。


 コンビニで買い物をしていくと嘘をついて旅館を出た。


 一体なんの為に宿をとったのかわからなくなってしまったが。

 この衝動を抑えることは。相変わらず不可能らしい。




「お姉ちゃん、」




 待っていてほしいと伝えても。

 ついていくと聞かなかった紗代ちゃんが。




「レズってなに?」




 そう問うた。


 悪い子だ。

 女将さんと話しているときにはもう起きてなんて。




「そうだねー」




 お姉ちゃんのことだよ。

 なんて冗談じみた解答はせず。




「さぁ。なんなんだろうね」




あながち。

本心でもある答えを沙代ちゃんに返した。




     ――×――×――



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ただ、純粋に悪。 @MethoD_ef

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