後編 ずっと一緒さ

 全くもって病院という所は、なんでこうも白一色なのだろうか。

 ロビーも、通路も、病室も、全て白だ。

 そして彼女の喉に開けられた穴に突き立てられた筒も、白だった。

 実際それを最初に見た時、僕には嫌悪感しかなかった。

 美しい彼女の喉に突き出ている白い円筒の異物。

 きっとそれ無しでは彼女は舌が気道を塞いでしまったりして、呼吸に困難を来たすのだろう。生命維持にとって重要な物なのだろう事は直ぐに理解出来たが、それでもやはり僕にとっては、ショックでしかなかった。

 それから病室に入り、彼女に近付くにつれて、もう一つ気付いた事があった。

 それは眼鏡を外した彼女の顔だ。

 彼女は近眼で眼鏡を掛けている人に良くあるタイプのクリクリとした大きな瞳をしていた。

 その大きな瞳は今は閉じられているが、目が顔に対して若干大きいのはその閉じた瞼からも分かり、何というか、彼女の寝顔は、とても幼い少女の顔に見えたのだ。

 これは僕にとって新たな発見であり、とても嬉しい出来事だった。

 こうして彼女、ほのかのお母さんと二人で病室に入り、ほのかの傍らで、僕らは二人で数時間彼女を眺めていたのが今から数えるともう二ヶ月前の事。


 その間に僕は随分とお母さんと親しくなり、信頼も得るに至った。

 今ではほのかの生理現象の後始末。所謂オムツ交換と、本当の生理の方のナプキンの交換の時間に訪れるお母さんと、僕が交代するくらいで、一日の殆どは僕が彼女を看ている日も多くなった。

 あ、しかし、夜は一時間程僕の立ち会えない時間があった。

 それは彼女を裸にして、タオルで体を拭いて、パジャマを着せる時だ。

 病院の看護婦一人と、お母さんで毎夜それをやるのだが、力を抜いた人間の体というものは意外と重いらしく、お母さんは何度か『大変だ』と僕に溢していた。

 僕としても手伝って助けてあげたいのだが、それは彼氏という立場ではまだ倫理的に無理だし、もしそう申し出ても、きっと驚いて断られるだろうから、口に出して言う事はなかった。

 兎に角、最初から今まで、お母さんと僕の関係は良好だ。

 きっとお父さんが仕事の関係で、月に二~三度しか病院に来れないので支える事が出来ず、不安の中にいたお母さんにとって僕の存在は、良き話し相手・相談者であり、共にほのかを支えてくれる同志だと映ったのだろう。

 だからお母さんは安心して、自分の心の平安を求めて外出して行く。

 彼氏である僕に彼女を託して。

 そしてそれは愛する彼女、ほのかと二人で静かに時間を過ごしていたい僕にとっては、好都合だった。

 一度出かけると数時間単位で戻って来ないとなれば、僕は彼女に話しかけたり、彼女の寝顔に自分の顔を近づけ、マジマジと眺める事も出来たし、布団の端をへし折り、彼女のピンクの格子模様のパジャマの袖からニョキッと生え出ている以前よりも更に華奢で白くなった可愛らしい小さな手に触れて、彼女の指の股をなぞり、そして握って過ごす事も出来た。


 そしてこの頃に僕らは、初めてキスをした。

 いつもと何も変わらない二人きりの昼間。

 椅子に座り、仰向けに寝ているほのかの横顔を眺める僕。

 ずっと昏睡状態でいる所為なのか、血色のない薄い桜色の唇は、相変わらず僅かに口を開けて、その唇の先端を天井へと向けている。

 先程出て行ったばかりのお母さんは数時間は戻って来ないだろう。

 だから今は、恋人達の時間だ。

 僕は彼女の唇に誘われるがままに、椅子から腰を上げると、彼女の顔に自分の顔を近づけた。

 動いたり逃げたりする筈もない彼女の頭を僕は両手で押さえる。

 それから彼女の閉じられた瞼に軽くキスをしてから、舌を出して舐める。

 この瞼の奥に愛すべき彼女の、堪らなく可愛らしい瞳が隠れているのだと思うと、僕はゆっくりと味わう様にその皮を舐めながら、その皮から発せられる彼女の体臭を嗅ぎ取った。

 素晴らしい瞬間だ。

 彼女の匂いに埋まりながら彼女の瞼を、鼻を、頬を、舐め回す。

 一通り彼女の愛らしい顔を堪能したら、頭を押さえていた片方の手を離して、ゆっくりと指で彼女の唇の縁をなぞる。

 まだお母さんが出て行ってから一時間も経ってはいないだろう。

 こうやって僕は少しずつ君を僕のものにしていく。

 -君の為にいる僕は君のもの。だから君の全ても僕のものー

 ほのかがいつ目覚めるか? それとも目覚めないのか? は、僕にはどうでも良い事だった。

 どちらにせよ彼女を完全に僕のものにするだけの時間は幾らでもあった。

 ゆっくりと少しずつ、僕は彼女を堪能していく…

 そう自分の心を再確認しながら、僕は静かにゆっくりと彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 しかし欲張ってはいけない。

 愛するものに飽きてしまわないように。

 少しずつ、少しずつ。

 だからキスは軽く触れただけで、激しく押し付けたり、唇を割って舌を入れるとかは無しで、その日は終わりにしたのだ。




『ねえほのか、今日は僕は君のお母さんに、もし君が目覚めなくても、僕は君と結婚したいと言ったんだよ』

 いつもの様に彼女に話しかけながら、僕は今日はちょっと嬉しい事があったので、彼女の鎖骨の辺りを撫で回していた手を離すと、上に掛けられていた布団を剥いだ。

 彼女の上半身を覆うピンク色の縦縞のパジャマが露になる。

 僕は自分の息が荒くなっている事に気付きながらも、そのまだ高一の小さな二つの胸へと、腕を伸ばす。

『今日は胸だよほのか。胸を僕のものにする』

 パジャマの上から触れたそれはまだ少し硬い、未熟な果実だった。

 それでも僕の興奮は最高潮で、ドキドキしながら暫くその二つの丘陵を優しく揉みしだくと、いよいよパジャマのボタンへと手を伸ばした。

「ハァ、ハァ」

 大好きな彼女の胸だ。

 興奮が止まらずつい声も漏れる。

 一つ二つ三つと、布団を剥いだ上半身のパジャマのボタンを外して行く。

『ほのかは何色のブラをしているのだろう?』

 そんな楽しい想像をしていた僕は、ボタンが外れ緩んだパジャマの隙間から見えた胸元に、『あれ?』っと一瞬驚いた。

 何故ならノーブラだったからだ。

 ボタンを外し終えた僕はゆっくりとパジャマを左右に開いた。

 目の前に飛び込んで来たのは、血管も透けて見える程の白い肌と二つの乳房。

 それを眺めているうちに、ブラの件はなるほどと納得が出来て来た。

 『そもそも昏睡状態のほのかに、ブラジャーは必要ないのか…それにしても』

 この時にはもはやブラの事よりも、僕の心はその眼前の胸に奪われていた。

 きめ細かい、繊細で薄そうな皮膚だ。

『美しい…』

 小さな二つの透き通るような白さの乳房の上には、桜桃を池に投げて広がった波紋の様に、唇と同じ薄さの桜色の乳輪があり、その上には先端を天に伸ばすように硬くなって起っている、乳輪より少し赤味がかった乳首があった。

 なるほど、脳と体が繋がっていないだけで、ほのかは別々には生きているのだから、体も部位によっては反応するのか? 脳では感じていなくても?

『ほのかは、僕に感じているのかい?』

 なんとはなく彼女に問いかける。

 当たり前だが、答えはなかった。


 僕はこれが全て僕のものなのだと大変満足しながら、先ずは脇の下に顔を近づけ、舌を出し舐め始めた。

 普通脇の下は人間の体臭のキツイ場所の一つといわれている。

 だから僕はそこを舐め回しながら、大好きなほのかの匂いに酔いしれようと思ったのだ。

 人間の皮膚・皮の匂い。

 しかしそれは千差万別で、僕の匂いとほのかの匂いも違う。

 そもそも男性と女性では匂いが違う。女性ホルモンの何ともいえない男を誘う匂い。

 僕はほのかの匂いにも惹かれていた。

 鼻一杯ほのかの匂いを堪能しながら僕は少しずつ舌を横へと這わせて行く。

 二つの小さな丘陵の谷間へと向かって。

『これは全て僕のものなんだ…ねぇ、ほのか。さっきの話、僕がお母さんに君と結婚したいと言った話。それに対してお母さんなんて言ったか分かるかい?』

 胸の谷間に舌を這わせる事で、僕はその小さな胸に顔を埋めながら彼女に尋ねた。

 無論、言葉は返って来ない。

 そんな事は分かりきった事で、たいした事ではないので、僕は続けて彼女に話しかける。

『最初は何も言わなかった。何も言わずに突然僕に抱きついて、少し泣きそうな顔で、僕の足の間に足を擦り付けて来た。それから微笑んで「ありがとう」って言って、ずっと、僕が離れようとするまで僕に抱き付いていた。僕しか頼る人がいなくて、必要以上に求めているのか? お母さん、まだ三十代だもんね。何か勘違いしているのかも知れない。君もそこで見ていただろう。でも心配は要らない。僕が愛しているのは君だけだ。君だけを愛している…』

 僕は胸の谷間に顔を埋めたまま、両の手で二つの乳首を摘み、暫くそうしていた。

 やっとここまで来たと。

 実感が込み上げて来たからだった。

 ほのかの小さく白い二つのまだ幼い胸の谷間に顔を埋めながら、その先端の少し色の濃い乳首を指で弄ぶ僕。

『兎に角、あと一年以上もこの状態が続けば、僕は君の親の承諾を経て、晴れて君と結婚が出来そうだ。自分達の死後の事まで考えれば、彼らからすればこれほど願ったりの事はないからね。その上僕の君への愛は真実だし。間違いなく永遠に、誰よりも愛し続ける自信がある。だから結婚後は君のオムツも、ナプキンの世話も、僕がしてあげるよ。当然夜のお着替えとかも。そうして益々君は僕のものになって行く。全てが、とても嬉しいんだ』

 話しながら僕は顔を上げて、彼女の裸の上半身を舐める様に隅々まで眺めた。

 胸を揉まれ、舐め回され、乳首を起てながらも尚、穏やかな少女の表情で寝続ける彼女。

 僕は自分の下半身が限界まで硬くなるのを感じながら、そんな彼女の表情を眺めて、再び優しく胸を揉み始めた。

 何故ならばそれは、僕のものなのだから。



『全く、運命というものは何処でどうなるか分からないね。嫌われ、避けられ、逃げ回られ。叶わぬ恋だと思っていたものが、ひょんな事で成就してしまう。あの日振り返り、付きまとう僕に気付いたばかりに驚いて足を踏み外したほのか。そんな君をこれから先、全てに於いて献身的に介護する僕。大丈夫だよほのか。僕は昔の事などは気にはしていない。こうして君は僕の手の中に入って来た。君のオムツの交換でも何でもするよ。愛している…ほのか』


 これから先もずっと続く僕の白昼夢。




                 おわり

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眠り姫 孤独堂 @am8864

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