第50話 美男子の意地

 オフェリアどのが留守を預かっているピリムどのの家にまだ名も知らない男を担ぎ込み、私は彼が目覚めるのを待っていた。

 三十分ほどで気がついた彼は状況を把握すると、烈火のごとく怒った。

「なんで殺さなかった! 憐みのつもりか、クソが! 馬鹿にしやがって……! どこまでも馬鹿にしやがって……!」

 そして泣き出した。

「勘違いなさるな。憐みなどではありません」

「じゃあなんだってんだ! 醜男が打ちのめされるのを見て笑いたいってか!?」

「そうではありません。あなたほどの誇り高い戦士を無為に死なせたくなかっただけです」

 彼はぴたりと罵声をとめ、しばらく呆けた。

「なんだって……? おれが、なんだって?」

「あなたのような誇り高い戦士の命を奪いたくはありません」

「そりゃなんだ、新手の嫌がらせか? ハンサムさんのジョークはおれみたいな醜男にゃさっぱり理解できんぜ……」

「あなたは見た目でしか人を判断できないのですか」

「あん!?」

「そうでしょう。私とあなたの容姿がどうであれ、同じ人間です。同じ人間のいうことを、なぜ容姿で判断しようとするのですか」

「同じ人間……?」

「違いますか」

 彼は言葉を絞り出そうとして失敗したように声を詰まらせ、やがて震え出し、また泣き始めた。

「違わねえよ……違わねえ……くそったれ、くそっ、負けたぜ、チクショウ……よりにもよって、こんなハンサム野郎によう……!」

 よかった。どうやら私の言葉が本心であると、きちんと伝わったらしい。

「おれと対等に向き合ってくれたやつなんて、初めてだよ、くそう……」

「よほど苦労されたのですね」

「そうさ、きっとあんたにゃとうてい理解できねえだろうよ……」

「そうかもしれません」

 彼はぽつぽつと、自らの生い立ちを語ってくれた……



 彼、グスタフ・コイスは本名をマクシム・セヴラン・ドゥヴヌイといい、北隣のトランゼ王国に領地をもつ男爵家の長男なのだという。つまり本来ならば家督を継ぎ、一国一城の主として人の上に立つべき存在だ。

 それがそうならなかったのはやはり、その容姿のせい。

 生まれながらに醜かった彼に疑問をもっていた彼の父親は、彼が三歳になったとき、ついにいってはならぬことをいった。

 自らの妻に、それは別の男の子ではないかと問い詰めたのだ。

 あるいはそれが真実であったほうが、まだましだったのかもしれない。

 しかし、事実グスタフどのは男爵の子であり、この件がきっかけで夫婦仲は険悪となり、ついにはグスタフどのと母親は絶縁され男爵家を追い出されてしまった。

 母親は裕福な商家の娘だったので実家に戻り生活に困ることはなかったが、今度は母親の怒りがグスタフどのへ向いた。

 むごいことに母親の両親まで彼女をかばい、男爵家を敵に回しただの看板に傷をつけただのと自らの孫を貶めた。

 それだけにとどまらず、周囲の人間もグスタフどのの容姿を侮蔑し、彼は孤立した。

 一二歳までその環境に耐えたというのだから、驚嘆に値する忍耐力だ。

 一二歳で彼が家を飛び出したのは、母親の再婚が理由。

 弟が生まれ、日に日に家の中にも居場所がなくなってゆき、とうとう部屋も取り上げられ空いている部屋で我慢しろといわれた。

 ……倒壊寸前の物置小屋だったらしい。

 己がもはやゴミ同然でしかないことを悟ったグスタフどのは、その瞬間に家を去った。

 よくぞ家族に手をかけなかったと、私は驚くばかりだ。

 自分がその立場であれば耐えられただろうか?

 いいや、私ならきっと……


「へっ、そっからは想像に易いだろう。ただただ生きるために生きた。山賊の手下にもなったし傭兵にもなった。一人で生きられる強さだけが必要だった……」

「罪なき人の命を奪ったことは?」

「……否定したところで、信じられるかい?」

「信じますよ」

 彼は、凄まじいまでの怒りを抱えながらも、家族を手にかけなかった。最も憎いはずの対象を、そのままに家を出たのだ。

 それだけでわかる。

 いや、驕りなのかもしれないが、わかると思いたい。

 彼は、怒りのままに暴力を振るい他人を傷つけることを、なによりもタブーとしているのだ。

 それはきっと、自分を苦しめた者たちと同類にならないための、強い決意であり戒めなのだろう。

 これを高潔といわずしてなんというのか。

 彼はまた、泣いた。

「なんであんたは信じてくれるんだ……」

「私も同じだからです」

「おれとか?」

「はい」

 怒るか、と思ったが、彼は小さく頷いた。

「ハンサムはハンサムで、苦労があるんだな……」

「私は危うく人を殺しかけました」

「それほどにか……」

 私も語らねばなるまい。

 私がなぜ、自分の容姿が嫌いなのかを。



 発端といえるようなきっかけはないが、強いていうならやはり生まれついて、ということになるのだろう。

 他人いわく生まれついて美しかった私は、常に羨望と嫉妬の目で見られ続けた。

 生まれは伯爵家。ただし四人兄姉の末っ子で三男坊。むろん家督など継げるはずもなく、そもそもわが家はもはや完全に没落した名ばかり貴族、生活は一般庶民より苦しかった。

 思い切って事業でも始めてみればよかったのだが、父は貴族としてのプライドが邪魔をして庶民と同じことはできぬといい、そのくせ方々に借金をして返済のためにまた借金という始末。

 母は世間知らずなのであてにならず、兄姉も日々を生きるのに忙しい。

 当然のこと、物心ついたとき私に居場所などなかった。

 かといって外に出てみれば奇異の目で見られ、人買いや男色家などからさらわれそうになる始末。

 自然、私は悪童どもの吹き溜まりへ入り浸り、貴族らしさなどどぶに捨てた。

 しかしプライドの高い父はそれを許さず、ただでさえ金がないのに人を雇って私を連れ戻しにきては喧嘩をするの繰り返し。

 そんなある日、いつもと違って一番上の兄が私を連れ戻しにやってきた。

「一度父上としっかり話し合え」

 その言葉を兄弟としての情だと信じたのが誤りだった。

 家に戻った私は、家族の手によって縛られ、売り飛ばされたのだ。

「すまぬ、すまぬ……」

 泣いて詫びる父を見て、私は言葉も出なかった。

 買い手はなんと、国内でも一大勢力を築く門閥貴族。これが養子縁組というならまだ諦めもついた。しかし、この貴族が私を欲しがった理由は、私の容姿だ。

 見目麗しい少年を手籠めにするのが趣味という、見下げ果てた下種だったのだ。

 屋敷へと連れられてゆく馬車の中でその話を聞いたとき、私は家族への復讐を決意した。

 隙を突いて護衛を殴り倒し、馬車から飛び降りて一目散に家へと駆け戻るべく走った。

 むろん、追手がくる。

 主人の玩具を逃がすまいと騎士たちが剣を抜いて迫りくる。

 その一人と取っ組み合いになり、剣を奪い取った私は迷わず振り下ろした。

 しかし、その刃は別の刃に防がれた。

「これはなんの騒ぎだ?」

 それが、私とルシエドさまとの出会い。

 私が事情を話すと、ルシエドさまは私の剣を奪い、そのままご自分の屋敷へと連れてゆかれた。

 その後、どのようなやりとりが行われたのか私はいまだに知らない。知るつもりもない。ただ、私はルシエドさまのご厚意で配下に加えていただくことになった。

「おまえには武の才がある。つまらん者の血でその手を汚すくらいなら私の剣となれ」



「あんたは、いい人に出会えたんだなあ……」

「はい。ですが、そこでもやはり揉め事は絶えませんでした」

「そりゃあそうだ、あんたみたいなハンサムがやってきたら他の男どもからすれば面白くないだろう。変に勘繰るやつだっているだろうし……」

「しばらくは喧嘩が訓練でしたよ」

 のちにヒューレがやってきたとき、彼女は「女のくせに」といわれ、やはりいじめを受けていた。私もことあるごとに「顔がいいからと調子に乗りやがって」と陰口を叩かれた。

 そのたびに思ったのだ。

 彼らはいったい私のどこを見て、顔を理由に調子に乗っていると思ったのかと。彼らのほうから突っかかってこなければこちらからはなにもしないのに。

 しかしそうではないのだと気づいた。

 彼らはただ嫉妬しているだけなのだと。

 それゆえに思う。

 顔がよくて、それほど得をするものか?

 徒党を組んで一人をいじめなければならないほど、欲しいものなのか?

 くれてやれるものならくれてやりたい。

 私の価値はそこにはないのだ。

「私はただ、あのかたの剣でありたい。あのかただけが私の人間としての価値を見抜き、居場所となってくださったのだから」

「おれにも、そんな人が一人でもいれば……」

「これからできるかもしれませんよ。まだお若いでしょう」

「いくつに見える?」

「三十ほどでは?」

「へへ、そこまで若く見てもらったのは初めてだ」

「もっと上でしたか?」

「いいや、二五だ」

 なんと……

「これは失礼……」

 まさか同年であったとは。



 ……それから私たちはすっかり夜が更けるまで語り合った。

 正直にいって、私は嬉しかった。

 初めて、対等の友ができたのだから……

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