第47話 初めて必要とされた男
方針を決めたおれは翌朝、クレア、シャルナ、ピリム、マッツォーリ男爵を連れてトヴァイアス領都ミュルーズに向かった。ジローの手綱役にウィラだけイゼールに残し、他は全員バリザードへ戻るよう指示を出して。
ミュルーズは、かつてバリザードが南方との国境紛争の中心地となっていたときには軍を派遣する拠点として、そしてバリザードが突破されたときの防衛線となるための重要な役割を課されていたもんだから、今なお城壁は高く領主の居館も軍事拠点としての機能を有する一見武骨な都市だ。
しかし中に入ってみると、それが見かけ倒しだということがよくわかる。
まあ、領主がアレだし、そもそもこの町が戦争と無縁になってもう長いから当然といえば当然だ。
前に市長から聞いた話によると、バリザードで裏社会勢力の台頭を許したのは国境紛争によってトヴァイアスの軍事力が著しく低下したのが最大の原因で、軍を立て直して介入しようとしたときにはもう手遅れだったもんだからあまり軍事力を必要としなくなったらしい。
……無理やりにでも取り返しておくべきだったと思うがな。
とにかく、そういった事情からバリザードが放置される一方で、領都やその付近の町は内政強化の恩恵を受けて文化的な町として発展してきたらしい。
バリザードもそうとう活気づいてきたがやはり規模の違いだ、賑やかさも華やかさもまだまだ及びそうもないほど充実した町だ。
確か、人口は三万人ほどだったか? 大通りの幅なんて馬車が三台は並べそうなほどだし、通りに沿って並び立つ建物に木造なんてない。どれも石造りやレンガ造りで、飾りレンガを貼りつけて色鮮やかに自己主張している。
これぐらいの規模になると、そこはかとない懐かしさを感じてしまうな……
今さら懐かしむ資格なんてないが、みんな無事だろうか……
おれがその責任を放棄したせいで、苦しい立場に立たされていないだろうか……
「あのお土産領主、なかなかいい町に住んでるじゃない」
おれの罪悪感とノルタルジーは、クレアの明るい声にかき消された。
こいつ、これ幸いとなにかせびるつもりだな?
馬車の窓から顔を出して、馬を引きながら隣を歩くおれにいう。
「スイーツの食べ歩きをしましょう!」
「そういうのは帰りにな」
「絶対よ、絶対だからね!」
はいはいと頷きながらも、約束を守る気はあまりない。
だいたいだ。
多分、うちの店より味がよくてバリエーション豊富なスイーツを出す店なんて、ないと思うぞ。
せいぜい帰りにはがっかりしながらいかに自分がグストーに無茶をいってるか、そしていかにグストーの腕が優れているかを思い知るといい。
そんなことを思いながら、おれたちは領主の居館に向けて緩やかに上がっていく石畳の坂道を進んだ。
唯一の不安は、領主の不在だった。
しかし幸運なことに館にいるらしく、アポなし突撃してきたおれたちを訝しむ門番に、
「クレア・ウルフィスが会いにきたと伝えてくれればわかる」
というと、五分後には全員がお茶とお菓子つきの豪華な客間でくつろぐことができていた。
そしてさらに五分後。
どたどたと下品な足音が近づいてきて……
「クレアどのっ!」
喉に妖精でも飼っているんじゃないかというような陽気な声を上げながら、アホ領主登場。
「ああ、まさか貴女のほうから会いにきてくれるとは、このギュレット・イーデン、感激至極」
いつものように跪いてクレアの手を取り、そっと口をつける。
「今日はどんなスイーツを用意してくれるのかしら?」
おいおい、こっちが勝手に押しかけてきたんだぞ、少しは遠慮しろよ。
「うむ、この暑い中バリザードからの長い旅程で疲れているだろうから、フルーツとカスタードとチョコレートを贅沢に使ったアイスクリームを今用意させている。しばし待たれよ」
「アイスクリーム! いいわね!」
「やはり夏は氷菓が主役だな!」
ああ、もう、こいつもこいつで少しは疑問を覚えろよ!
「おい、伯爵」
だからしておれの声にはちょいとばかし棘がついてしまう。それにぎょっとしたのは領主だけじゃない。おれが領主に対して高圧的な態度を取ったことにシャルナと男爵も驚いたわけだ。
「て、店長どのも一緒だったのか、これは失礼をば……」
辛うじて頭を下げることだけは思いとどまったようだが、おれたち二人だけだと間違いなく下げてたな。
「用があるのはおれとこいつらのほうだ。話を聞いてもらおう」
「伺おう……」
領主の顔色が一気に悪くなったのを無視して、おれはピリム誘拐事件について説明を始めた。
「ふむ」
話を聞き終えて、領主は無駄に上背だけはある体を真っ直ぐ伸ばして腕を組みながら頷いた。こういう姿だけを見ていると普通に貴族然とした普通の領主なんだがなあ。
「随分と奇妙な事件ではあるようだが、事情は理解した。拘束している二人の冒険者もただちに解放するよう伝えておこう」
「そうしてもらえると助かる」
「しかしマッツォーリ男爵、貴公がデュシャンを抜けてはお互いいささか困ったことになるのではないか? 貴公は私にとっても話のわかる同志であるし、妻も寂しがるだろう」
「本題はそこなんだ」
「というと?」
「男爵を誘拐犯として逮捕してくれ」
「なにっ?」
せっかくまともに見えていた顔が、あっさりへなちょこ顔に戻りやがった。
「和解が成立したと申したではないか」
「実際にはそうなんだが、あんたも指摘したとおりこのままだとデュシャンからの妨害やらなんやらでこの先が面倒だ。だからひとまず誘拐犯として逮捕し、その旨をデュシャンに通達してくれ」
「そのようなことをすれば、退職ではなく懲戒解雇になってしまうではないか! なぜわざわざ波を立てるようなことを……」
本当に……こんなのが領主で大丈夫なのか、この国は……
「デュシャンに自ら解雇させれば、そのあと男爵がどこでどうしようが知ったことじゃないだろう。それこそ、被害者と和解して雇ってもらおうとな」
つまり、順序を逆にするわけだ。
和解したあとに辞めるんじゃなく、解雇されたあとに和解する。しかも解雇理由が誘拐となれば、いかに外国の貴族だろうとシュデッタの国法で裁くことができる。
もちろんそんなのは建前で、実際には事件が起こった土地の領主の権限によって穏便に解決された、という態で一件を落着させる。
落としどころは、デュシャンの解雇とブルージュからの追放。
領主のほうからこの条件が提示されれば、国際問題になんて発展させたくないだろうからまず間違いなくデュシャンは呑むだろう。そしてマッツォーリ家としてはもともと道楽放蕩で商売優先の先代を必死に護ろうとはしないだろうし、男爵が帰らないといえばその決断を受け入れるはず(これは男爵の談だが)。
そうして犯罪者の烙印と引き換えに自由を手に入れた男爵は、被害者であるピリムと和解し、その才を惜しまれて慈悲深くも再就職先を用意してもらう……というシナリオだ。
当然、デュシャンはすぐに真相に辿り着くだろう。しかしなにも問題はない。
男爵は事実として領主によって裁かれた犯罪者だからこれ以上関わろうとするとデュシャンに悪評が立ちかねないし、表向きは本人の自由意思によってバリザードの住人となるわけだから、ちょっかいを出そうもんなら、今度は堂々とおれが動く。
ゾフォール相手に競り合ってるような超一流商会なんだ、この程度の想像力が働かないわけがない。
以上の理由で、今おれの目の前で間抜け面をかましているへっぽこ領主の力が必要なわけだ。
ついでにいうなら、こうしておけばシャルナも少しは溜飲が下がるだろうしな。
「あい、相変わらず、貴公は……」
悪魔とでもいいたいのか?
むしろこの程度の計算もできないあんたのほうが為政者として異常だと思うがな。
「なにもただでやってもらおうとは思ってないさ。寛大なあんたはデュシャンとの仲を保ったままゾフォールとの繋がりを強めることになり、この二人いわく革命的天才デザイナーに恩を売ることができる」
「む、むう……」
さすがの脳内花畑男でも、見た目だけでピリムの実力を認める気にはなれないらしいな。
「ま、決めるのはあんただ」
「いや、そのとおりにしよう」
ほう、意外と早い決断じゃないか。
「その代わりといってはなんだが……」
チッ、さすがに自分からも要求してくるか。
「支障がない範囲で構わない、しばらく滞在してもらえぬだろうか」
と、クレアを見ながら……
こいつ……
クレアに入れ込んだのが奥方にバレて外出禁止にされたんじゃなかったのかよ。その奥方だってここに住んでるんだろうが……
「幸い今うるさいのがいないので、なんでも望む甘味を用意させよう!」
チッ。
「それは嬉しいけど、いいの、ダーリン?」
店のこともあるしできれば早く戻りたいんだが、あまり関係を一方的にしすぎても問題だからな、それくらいは呑んでやるか……
「仕方ない。頼んだことは迅速にやってくれよ」
「もちろんだとも!」
ということで、おれたちはもう少しだけへっぽこ領主の客人になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます