第46話 争わないで、もうこれ以上?

「まったく……」

 面倒事ってのはひとつ起これば次から次へと湧いて出るもんだ。まさか、ピリムを捜しに行ったユギラとジョーが盗賊と間違われてとっ捕まるとは……

 まあ、衛兵からの手紙を読む限りでは間違われても仕方のない状況ではあったと思うが。

 とはいえ、そのお陰でおれは、何気に生まれて初めて、ほんの数日間にせよ単独騎行を満喫できているわけだ。

 いや~実は夢だったんだよなあ、一人で旅をするって。国を出てからもリエルやヒューレがなにかと心配して単独行動させてくれなかったからなあ。バリザードに居ついてからはとてもそんな暇なかったし。

 もっとも、今回とてリエルから反対されたが、ことがことなんで別のやつをやったり手紙でやりとりしたりするよりおれが直接出向いたほうが早い、ということで納得させた。その間、店を任せるのはもちろんリエルとグストーだ。イクティノーラにも頼んでおいたし、まあ短期間なら心配いらないだろう。

 せいぜい往復で一週間……

 短いといえば短いな。

 これが完全に私的な旅行ならまあ、ぎりぎり許容範囲内だが、あいにく今回は寄り道している暇がない。一週間の私的旅行ができるなら、せめてクレアを連れて西の温泉地あたりにでも行ってみたいところだなあ……

 ……ん?

 いやいや、別にクレアに限定するわけじゃないぞ?

 ゼルーグとリエルを連れての男旅でも一向に構わない。うん。

 それはともかくとして、やはり一度旅行を計画するのはいいかもしれないな。店も充分上手く行ってるし、この数ヶ月間でおれたちは働きすぎた。ちょっとくらい息抜きしても責められはしないだろう。

 うーん、どこがいいかな……

 誰と行くかな……



 そんな、おれにしては異常なくらい気の抜けたことを考えながらも急ぎに急いで、三日目にイゼールの町に着いた。ここではウィラたちが捜索中のはずだがおれの第一目的は領都ミュルーズで拘束中のジョーとユギラを解放してもらうことだから素通りだ。気は進まないが手っ取り早く済ませるためだ、あのお気楽領主の面を久々に拝むのもやむを得ないだろう。

 町の真ん中を南北に貫く大通りを馬を引きながら歩いていると……

「ダ~リ~~ン!」

 左の角からクレアが現れた。

「寂しくって私に会いにきてくれたのね~~っ!」

 容赦なく全力で抱きついてくるから痛い。

「んなわけあるか、ジョーたちを助けにミュルーズに行くんだ。あと往来だ、離れろ」

「イヤよっ、あなたと出会ってこのかた一日たりとも離れ離れになったことなんてなかったのに、もう四日も会えなかったんですもの!」

 そういっておれの胸にぐりぐりと顔をこすりつける。猫か。

「それよりおまえ、捜索はどうした? その最中か?」

「ううん、もう解決したわよ」

「なに?」

「あと、ダーリンが近くにくれば気配でわかるからお出迎え。出会ったときもそうだったでしょ?」

 そういやそうだったな……

 思えば翁もクレアの気配は近づけばわかるようだったし、その域にあるやつだけがもつ人間離れした感知能力なんだろうな。

 そんなことより。

「もうピリムは救出できたのか」

「救出っていうか……」

「予定変更だ、みんなと合流する」



 クレアに案内されたごくごく庶民的な宿の一室で、おれは事情のすべてを聞いた。そして呆れた。

 なにに呆れたかって、エストが丁寧に説明しくれている横で今も誘拐犯と被害者と救出者がぎゃあぎゃあやり合っていることだ。しかも、経営について。

 仲良くなりすぎだろ。

「ピリム、確認するぞ。本当に告訴しないんだな?」

 ちょっと語気を強めて割り込んだからか、三人は口論をとめて一斉におれを向いた。

「しないよ。絶対おっちゃんにも協力してもらったほうがあたしの服をたくさんの人に届けられるもん!」

「シャルナもそれでいいのか?」

「感情的には全然よくないですけど……まあ、腕は確かだし……」

 むしろその感情は本来ピリムに向けたいところなんだろうな……気持ちはわからんでもない。

「ではマッツォーリ男爵」

「なにかね?」

「あんた、男爵ってことはどこぞの領主だろ、そっちはいいのか?」

 アンセラはシュデッタと同じく爵位もち=領主だ。男爵は最も低い爵位だから領地も狭いが、それでも一国一城の主といって差し支えない責任ある立場の人間。そんなのが、外国支部とはいえ所属している組織を離れて外国籍の商会に移るというのは、ぶっちゃけ政治的に面倒くさい。

「それならば心配無用だ。既に家督は息子に譲っている」

 なるほど。マッツォーリってのは領地名じゃなく姓だったのか。

「そして幸いなことに私はファッションに関すること以外では誰からも必要とされていないからな!」

「だ~から奥さんにも逃げられちゃうんだよ~」

「それは私の浮気が原因だ!」

「よっ、エロ男爵!」

「はっはっは」

 天井知らずの能天気どもめ……

「まあ、問題があるとすればデュシャンからの妨害なんですけどねえ……」

 普段はピリムとセットで能天気コンビを組んでいるシャルナだが、男爵を合わせてトリオとはならなかったらしい。よかったぜ、おまえだけでもまともで。もしトリオになってたらおれが潰してた。

「デュシャンからしてみれば責任問題を解決するために形だけの左遷をしただけで、男爵は絶対必要な人材でしょうから、仕返しとばかりにウチがアルファーロさんにやったとき以上のエゲツないことをやってくるかも……」

「対策は考えてるのか?」

 三人は顔を合わせて、もう一度おれを向いた。

 おいこら、やっぱり仲良しじゃねえか!

「営業戦略でなんとかしろ」

「となると、もはやウチに頼るしか……」

「そんなことは断じて認めんッ!」

「こうなるワケでして……」

「店長さん、おねがぁ~い! クレアさんのエロエロな服いっぱい作るからぁ~!」

「それはやめろ」

 ますます面倒くさいことになりやがった……

 誘拐事件が解決したと思ったら今度は商売戦争かよ……さすがにおれもデュシャンとまで戦争はしたくないぞ、敵対してるわけでもないんだし。

 向こうがうちに直接害となるようなことをやってくるんならともかく、さすがにそんな馬鹿な真似はしないだろう、ラジェルやホフトーズがどうなったかはよく知ってるはずだしな。

 となると、コトは純粋な商会同士の戦い。しかもおれは一応、部外者。確かに、ゾフォールの手を借りないことにはまず勝ち目なんてないな。

 もちろん、目立たないように細々と活動し地道に大きくしていくという手もあるが、シャルナはもう大々的にピリムを売り出す計画を立てていたから、今さら変更するわけにもいかないだろう。

 男爵がゾフォールの介入を拒む以上、ゾフォール並みに影響力のある組織、もしくは個人といったら、近いところじゃおれしかいない……

「しかしなあ……」


 ……いや?

 待てよ。

 もう一人いるじゃないか。

 ただ……

「気が進まないな……」

「ソコをナンとかあぁ~っ!」

 すがりついてくるピリムを押しのけて、おれは大きくため息をついた。

「できれば一番借りを作りたくないやつの手を借りるしか、なさそうだ」

「だれだれっ?」

「おれが今から会いに行こうとしてたやつさ」

 そう。

 トヴァイアス伯爵、ギュレット・イーデン・シュルベール……

 本人はアレだが、アレでも一応領主だからな、政治的影響力という意味ではおれやゾフォールやデュシャンなんかよりよほど力がある。

「おまえたち三人もついてこい。それと、クレアもな」

 クレアに会わせてやれば、あの頭の中が春の花畑の男だ、少々の頼みごとなら喜んで聞いてくれるだろう。

 もちろん、ジョーとユギラも忘れずに……

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