第45話 けんかをやめて~
……私たちは(クレアさんとウィラちゃん以外)獣臭いぼろぼろの状態である場所を目指していた。
そう、動物たちが発見した、ピリムちゃんの居場所。
それは繁華街と住宅街の境目にある、大きくも小さくもない四階建ての宿屋。その最上階の一室の雨戸が閉められた窓のそばに蝙蝠やら野鳥やらが大量に群がってる。地上では犬猫や牛馬が入り口を囲んでいて、完全に周囲は大騒ぎ。いやいや、もはや町中が大パニック状態。
そりゃそうだよね、町中の動物という動物がいきなりある場所目指して突撃かましてるんだもん……
それにしても、意外なのはピリムちゃんの居場所。
宿屋なのはいいとしても、利用客のプライバシーがきっちり守られる高級ホテルでも客の素性を一切問わない裏宿でもなく、ごくごく普通の中堅宿屋なんだもん。
うしろでウィラちゃんが、
「不覚……」
って呟いたのは、彼女にとっても意外だったからなんだろうな。
「さあ、あなたたち、もう帰っていいわよ。ご苦労だったわね」
宿屋に着くとクレアさんがそういって綺麗な白い手を軽く振った。
すると動物たちは別のなにかに取り憑かれたように静まり返って、あっという間に解散していった。
……ヴァンパイアッテ、スゲー。
わけがわからず挙動不審になってる宿の人を押しのけて、私たちは最上階に向かう。
目当ての部屋の前には用心棒らしい強面の男が一人立っていて、クレアさんが進み出ようとするのをゼルーグさんがとめた。
「ウィラ、頼むわ」
クレアさんにやらせたら多分、あの用心棒は一瞬で死んだに違いない。それは仕方ないにしても室内の様子がわからないから静かにおねんねしてもらうのがベスト、というわけでウィラちゃんがひとつ頷いて影の中に消えた。
それを見届けてドアのほうに目をやると、もう背後を取って気絶させてたから、呆れるしかない。
こんな人たちを敵に回したら、そりゃ~ラジェルもホフトーズもあっさり潰されちゃうわなあ~……
私が今生きてるのは真っ当な商売を続けてきたおじいちゃんにお父さん、そして全従業員のお陰だね。誠実なみんなに感謝感謝。
なーんてしみじみ思ってると、ゼルーグさんがドアに耳を当てて中の様子を探った。
それが一秒後には呆れ顔に変わり、私を手招きしたから、同じように耳を当ててみる。
「あっははははは! おっちゃんウケるーぅ!」
底抜けに明るい、そう、底抜けに明るいいつもの笑い声が私の脳を左から右へと駆け抜けていった……
ついさっきまでこの部屋目がけて町中の動物たちが押し寄せてたってのに、まるで気にも留めてませんねー……
もしかして気づいてもいなかったとか……?
あ、ありうる……
一気に緊張が解けてへたり込んだ私の肩を、ゼルーグさんがポンポンと優しく叩いた。
「ま、無事みたいでよかったじゃねえか。乗り込むとしようぜ」
返事も聞かず、ゼルーグさんは「邪魔するぜー」といいながらドアを開けた。
「誰だっ!?」
「あ、ゼルーグだー!」
「ピリムちゃん、無事? なにもされてない?」
「あーっ、シャルナー! 待ってたよーっ!」
椅子から飛び降りて駆け寄ってきた。
入り口のそばには一人初老の男性が座ってたけど、体を張ってとめようという気はないみたいで、ピリムちゃんはあっさり私の鎧でカチカチな胸に飛び込んできた。
「ああっ、おまえは!?」
今度は奥に座っていた口髭の男性――多分、誘拐の主犯だろう――が立ち上がりながら私を指差した。
その顔に、なんだか見覚えが……
「ああっ、あなたは!?」
「ゾフォールの娘!」
「デュシャンのマッツォーリ男爵!?」
「そうそう、このスケベなおっちゃんコレでも貴族なんだってー! エロ男爵!」
「おのれゾフォール、またしても私から天才を奪い取る気かッ!?」
「いや、ピリムちゃんをさらったのはそっちで……」
「アルファーロのことを忘れたとはいわせんぞッ!」
「…………?」
…………?
「あッ」
思い出した……
そして同時に、理解した……
なるほどね、そういうことなのね、だからピリムちゃんを……
「犯罪者だから殺していいのよね?」
うしろで物騒な声が上がった。
「いや、ここはシャルナに任せよう。顔見知りみてえだし」
そうしてもらえると助かります……
「とりあえず男爵、誘拐は犯罪ですから」
「本人に許してもらっている!」
「ええー……」
「うん、許した!」
「えええー……」
いったい、これまでの私の苦労はいったい……
そりゃあ、無事だからよかったんだけどさー……だけどさー……
「シャルナ、しっかり! 誘拐の事実は認めたのだからひとまず現行犯逮捕よ!」
「そ、そうだよね!」
「おまえたちになんの権限がある!?」
「私たちは聖騎士です!」
「あっ」
ということで拘束しようと前に出ると……
「待って待って、聞いてよシャルナ!」
当のピリムちゃんからとめられてしまった……
誘拐犯と長く一緒に過ごした被害者は犯人に気を許して味方してしまうことがあるって、昔習ったなー……
「このおっちゃんも苦労してんのよ~……」
そこからピリムちゃんによる男爵の経歴が面白おかしく語られ始め、男爵自身も混じってまるで漫才芸のように二人でボケてはツッコみを繰り返す……
これ……
私がよく使う手じゃん……
でも確かに、マッツォーリ男爵が悪人とは私も思えない。
ウチのライバルであるデュシャンの幹部ではあるけど、心底ファッション(特に女性の)を愛する人として有名だし、才能や流行を見抜く目も確かだってお父さんもいってた。
そもそもの動機が、ウチの主導による五年前の不買運動のせいだしなあ……
「そーゆーワケで、このおっちゃんは悪くない! ゾフォールも反省しなきゃイケナいことあるし!」
「そうとも! このピリム・カカルルという新しい才能を責任もって育てることこそ、アルファーロに対する供養にもなろうというものだ!」
「いやアルファーロさん生きてますから、よその国に移ってしっかり成功してますから」
「やかましい!」
「だまらっしゃい!」
なーんでピリムちゃんからも責められなきゃいけないの……?
「ハアァ……」
「ところで男爵さんよ、ここで何日もなにやってたんだ? 逃げる時間はいくらでもあっただろうに」
「うむ、彼女とファッション界のさらなる発展と販売戦略について語り合っていたら時が経つのもあっという間でな」
「ずっとお喋りしてたのかよ……」
とんだ大物なのか、図太いアホなのか……という呟きに対する答えを、私は知ってる。
ハーイせんせー! 両方だと思いまーす!
はい、シャルナさん正解~
わーい!
……やっとる場合か。
「あの~男爵、先ほどのお話を伺うに、デュシャンでは随分と肩身の狭い思いをされているとのことですが……」
「そうとも、おまえたちのせいでな!」
「でしたら、一緒にやりません?」
「ゾフォールに降れというのか!?」
「いえ、のらねこ工房」
「いよっ、シャルナ、太っ腹! 商売敵もホレ込むイイ女~っ!」
「そんなに私の才覚が必要だというのなら、手を貸してやらんでもないぞ」
なぜか男爵はあっさりと態度を変え、しかも勝ち誇ったような顔で髭をチョイチョイ撫でた。
やっ……やられた……
さてはこいつら、この数日間でガッチリ計画練ってやがったなあ~~~っ!
そりゃあ見る目があって実績も確かでコネも豊富なベテランが加わってくれるのは助かるけどさー! けどさーっ!!
叩きつける気満々で振り上げてきたこの拳はどーしてくれんのさーっ!!
「とゆーわけで副会長、これからよろしくね!」
「しかも副会長なの!?」
「ゾフォールの風下に立つのは不愉快だがこの際は我慢しよう。どうせすぐに取って代わってやるからな!」
「とゆーわけで会長、よしなに!」
「私会長になったの!?」
「シャルナ、一本取られたわね」
エストの優しい苦笑いが、心に刺さった……
まさか、男爵は初めからこうするつもりで仕組んだわけじゃあ、ないよね……?
そこまでキレててブッ飛んでる人じゃあ、ないよね……?
「あ~んもぉ~お疲れたあぁぁ~~~!!」
誰か私を労わってーっ!!
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