第44話 〇〇からは逃げられない!
ピリムちゃんが行方不明になって五日。
捜索本部にしたのらねこ工房の一階で私はずっと捜索の指示や情報の整理をやってる。こういうのはエストのほうが得意なんだけど、今じゃエストのほうが町の人たちに(誰にも取り合ってもらえない可哀想なゼレス教の美人宣教師として)顔が利くから彼女には街に出てもらってる。
商売以外でまとめ役をやるのは正直性に合わないんだけど、可愛いピリムちゃんを助けるためだからそりゃーもうバリバリ張り切ってますよ。
ただ、驚いたのは入ってくる情報の早さ。
衛兵と冒険者をゼルーグさんとゴールドレッド団の人たちが、ギルド関係をリエルさんとドミさんが、裏社会方面をイクティノーラさんが完璧にまとめ上げちゃってるもんだから、とにかく情報の伝達が早い早い!
あの人たちが単なる武闘派じゃないことはわかってたけど、ちょっと甘く見てたな。噂を聞きつけて善意で協力してくれる町の人たちも
なんとか倒れずに済んだのは店長さんが、
「馬車の出入りを最優先に探れ。その次に大きな荷物をもった二人組以上の集団だ」
とアドバイスしてくれたお陰。
だから大急ぎで事件当日の馬車の出入り、特に夜出て行った馬車の情報をまとめた。
考えてみれば簡単なことで、ろくに明かりのない夜に出て行こうとするのは、よっぽど急いでいるかうしろめたいことがあるかだから、これ自体はすぐに判明した。
出て行った馬車は五台。
もちろん乗合馬車は夜動いてないからすべて私的なもの。
そしてそのうち三台が取引のため急いでいた商会所属だとわかった。
残った二台は所属不明で、それぞれ北と南に向かってる。
ピリムちゃんが乗せられた馬車は北に向かった一台だと思うのは、ユギラさんたちが北に向かったことからも正解と見ていいんじゃないかな。
次にその馬車の出どころと不審者の目撃情報なんだけど、こいつがかなり難航……
冒険者の人たちは目撃情報の少なさからプロの調達屋の仕業だろうと見てて、コネのある人は他の町の冒険者ギルドに話を聞きに行ってくれた。
盗賊のほうの調達屋だともうほとんどお手上げだけど、多分そうじゃないと思う。
なんでかっていうと、ピリムちゃんを狙う理由がないから。
ましてや、このバリザードで盗賊が私欲のために人をさらおうなんて、怒らせる相手の怖さを考えればリスクが大きすぎるもん。
となると、相手が誰だろうと依頼があれば全力で遂行する冒険者のほうの調達屋のハズ……
ということは当然、依頼主がいるわけで……
この依頼主のほうに、私は心当たりが多すぎるんだよねー……残念ながら……
そう。
ゾフォールをよく思わない人たち。
ただでさえ今や世界中でデカい顔してる大商会なうえに、出遅れたくせにバリザードでもデカい顔をねじ込んで派手に開店しちゃったからねー……
そこに、ファッションの常識を覆すような天才デザイナーの実質的な囲い込みでしょ?
そりゃ、狙われますわ……
完全に、私が油断してた……
ユギラさんのせいじゃない、私が責任をもってピリムちゃんを護らなきゃいけなかったんだ……
護衛をつけるなり他の商会との提携を確約するなりして、敵意を抱かれにくいように配慮すべきだった……
今さら後悔したところで始まらないけど、この五日間、私は捜索の指揮を執りながら心配と後悔で頭がいっぱいでしたとさ……
そんな私に、一筋の、いいや、一通の光明が!
「シャルナちゃん、店長がすぐにこいって!」
オフェリアさんが表から駆け込んできた。
「見つかったの!?」
「わからないけど、ウィラちゃんから手紙が届いたそうよ!」
「おっしゃあああ!!」
アレ、なんかちょっとピリムちゃんっぽいな。影響されちゃったかな?
店長のもとに届いた手紙には、イゼールの町で誘拐犯が二手に分かれ、ユギラさんとジョーさんが街道を追ってウィラちゃんが単独で町を捜索中とあったみたい。
そんなわけで私たちはそれなりの人数を揃えてイゼールの町にやってきたのだ!
私は久々に騎士スタイルで武装して、エストも一緒。ゼルーグさんにヒューレちゃんにゴールドレッド団のひとたちに、私が遠征費を出すからって、暇してた冒険者たち……と、犯人への復讐に燃えてるクレアさんを合わせて二四人。
本当はもっと必要だけど、あまり大人数じゃ移動に時間かかっちゃうからね。ひとまずこれが第一陣!
まずは宿屋で待機中のウィラちゃんと合流することになりましたとさ!
ロビーに下りてきたそのウィラちゃんは、なんだか物凄くお疲れの様子だった。
「その様子だとかなり頑張ってくれたようね、ご苦労だったわ、ウィラ」
クレアさんがそういうと、褐色肌のわりには血の気のなさが一目でわかるほど生気のなかったウィラちゃんの顔が一気に赤くなった。
……なるほど、そっちの人でしたか。
「今日までできる限り捜索してみましたが、まだ発見できていません。ですがまず間違いなくこの町のどこかにいます」
「なんでわかるの?」
訊くと、ウィラちゃんはチラッと私を見ただけで俯いて、結局クレアさんに報告した。
私は好みじゃないですか、そーですか。
「街道を追って行ったユギラとジョーが不測の事態に陥り、ジローだけが戻ってきました。ジローの様子から、先に町を出たのは誘拐の実行犯だったようです」
「そう、それじゃあ町に留まっているのは確実ね」
「北口はジローが見張っているので間違いないかと」
「よくやったわ、ウィラ。あとでご褒美をあげるからあなたは夜まで休んでいなさい」
「はい」
またまた顔を真っ赤にして、ウィラちゃんはきたときより遥かに軽い足取りで部屋に戻っていった……
うん、そこはツッコまないでおこう!
「やっぱりもっと人数連れてくるべきでしたね……ユギラさんたちまでトラブっちゃったし……」
「問題ないわ」
「えっ?」
クレアさんはにっこり笑顔で言い切った。
「ちょっと、あなた」
手招きしたのはドルグさん。
「へい、なんでしょう、奥方」
「あなたは手下を全員連れてジョーたちになにがあったのか確認してきなさい」
「しかし、いっちゃあなんですがあの二人は放っておいても大丈夫かと。むしろこっちのほうが人数が必要でしょう?」
「いいから行きなさい」
「へいッ!」
絶対、逆らったら命ないヤツだ、今のカンジ……
「おい、なにか考えがあるんだろうな?」
と鋭い声で尋ねたのはヒューレちゃん。
ピリムちゃんが年上ってのもそうだけど、この子が年下っていうのも信じられない……私よりよっぽど戦士としての貫録あるんだもん。超高価なミスリル製の弓までもってるし。
「あるわ。でもいろいろ面倒だから実行は夜よ」
「本当だろうな」
「あ~ん、ヒューちゃんってばいつになったら私に心を開いてくれるの~っ?」
「永遠に開かずの間だ!」
そういうわけで、夜!
私たちは町の中心部から少し西にそれた住宅街の中の、完ッ全に人気も明かりもない公園にやってきた。
ハタから見れば絶対不審者の集会だと思われるよねー……
ゼルーグさんが掲げる松明の灯りひとつに照らされながら、クレアさんが私たちを振り返る。
「ヒューちゃんがついてきてくれたことが好都合だったわ」
「おまえについてきたわけじゃない」
「ウィラにこれ以上負担をかけさせるのは可哀想だし、ダーリン以外なら絶対ヒューちゃんがいいって決めてたしね~」
「なんの話だ?」
「一口だけだからっ」
ウインクした目からハートが飛び出しそうなとびっきりの笑顔で、クレアさんはナイフを抜いた。
「まさか!?」
「一口だけだから~~っ!」
「やめろバカッ! 一口だけならウィラでいいだろっ、寄るなあッ!」
抵抗虚しく、ヒューレちゃんはあっさり指先を切られてクレアさんに吸いつかれちゃった……
とめなくてよかったんですか、ゼルーグさん……って、完全に無視してる!?
「はあぁ~ん……久々のダーリン以外の新鮮な生き血……生き返るわぁ~~」
やっぱりあの噂、本当だったんだぁ……
クレアさんは、実は……
いや、やめとこう。
この人たちのことを詮索すると命がないってイクティノーラさんもいってたし。
「さあっ、念願のひと雫を味わえたことだし、これまた久々にチョロっとだけ本気出しちゃいましょうかねっ」
す、とクレアさんは右手を満天の星空に掲げた。
次の瞬間――
「…………」
私は、声を失った。
ハッキリと目に見えるほどの真っ赤な魔力が、クレアさんから噴き出した。
かと思えば、それが右手に集まっていって、まるでそこに星がひとつ誕生したかのような、美しくも不吉な真紅の光を放っている……
たぶん私、腰抜けてるわあ……
うん、絶対そうだ。
お尻痛いもん。
こんな、桁外れの魔力、見たことないって。
それが爆発したら、この町ぐらい跡形もなく消えちゃいそうじゃん?
ねえ、エスト……
あ……
固まってる……
ところでその魔力をどうするんだろう、なんて思う暇はなかった。
そう思う前に放たれちゃったから。
太陽が弾けたような眩しい光が一瞬だけこの場のすべてを覆い尽くして、なにかがふわっと体を通り抜けていった。
それが放たれた魔力だったと気づいたのは少し経ってからだ。
「な、なにをした……?」
「この町の動物の力を借りるのよ」
「なに?」
「ヴァンパイアって、特に夜行性動物への支配力が強くてね。だからこの町のすべての動物にネコちゃんを捜してもらうわけ」
あーあ……
いっちゃったよ、この人、自分から……
ヒューレちゃんがこっちを向いた。
「確か、ゼレス教ではヴァンパイアは悪の化身として討伐対象になっていましたよね……?」
「わ、私はなにも見てないよ、ウン。なにも聞いてない」
「今日のところは、その、人命優先……ということで……」
「そうですか……」
あ、すんごい残念そうな顔。
イヤイヤ、無理だって!
たぶん教団総がかりでもこの人倒せないって!
今の魔力が攻撃に使われてたら一発で壊滅するから!
「おれ、ついてきた意味なかったなあ……」
話を逸らそうとしたのか、本気でそう思ったのか、ゼルーグさんが残念そうに呟いた。
そして、それに続いてちょっとした地鳴りが……
「な、なんの音……?」
「きたわね」
とにかく暗いから姿は見えないけど……
この……
大量の鳴き声と、羽音は……
「もしかして、全員呼んじゃったんですか……?」
「だって、ネコちゃんのにおいを覚えてもらわなきゃいけないじゃない?」
そういって、ウィラちゃんがもってたピリムちゃんのパンツを受け取った。
「さあ、このにおいを覚えて、においの元を探しなさい!」
待って!
ちょっと待って!
何百匹っていう小動物の群れが私たち目がけて突進してるんですけどっ!?
ってゆーか馬までいるんですけどっ!?
「に、逃げ……!」
ようかと思ったけど……
そうだよねー……
ムリだよねー……
うん。
コレ、今日の教訓だ。
犬猫まみれに鳥まみれ、ついでに牛馬にもまみれ、もみくちゃのぐっちゃぐちゃにされながら、私は痛感した……
ヴァンパイアからは逃げられない。
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