第43話 迷い猫オーバーレート?
ちょいと奥さん、お兄さんでもいいや、ちょいと聞いておくんなさいよ。
あたしってばとんでもなくフコオなオンナのコでね?
生まれは大陸中部のクルトゥカンってゆー荒野と山と密林と砂漠が九割を占める、ドがみっつはつきそうなド田舎の国でね、そりゃーもう貧しいその日暮らしを……
ってもういいわっ!!!
いろいろハショるけど、三度目だよっ!!!
これで三度目だよっ誘拐されるのわっ!!!
いったいぜんたい世の中どおおおおなってんのよおおおおっ!!!
……ハァ。
怒鳴ってたって仕方ない。いや怒鳴れないんだけどね、猿ぐつわはめられちゃってるから。
とりあえず、目が覚めて状況を理解してひとしきり心の中で怒鳴り散らしたあとまずやったことは、体の確認。
猿ぐつわに覆面、手足を縛られて柔らかい物に包まれてる。多分シーツだ。
怪我はない。そんでもって、おまたも無事……よし!
イヤイヤ、よしじゃないよ。
そもそもなんでこんなコトになったんだっけ?
確かゆうべ(かどうかはわかんないけど)は、オフェリアさんが作ってくれた晩御飯を食べたあと、また工房にこもってお仕事してて……
そうだ、誰かが入ってきたんだ。
どうせオフェリアさんかユギラかシャルナだろーと思って振り向きもせずそのまま作業を続けて……
そう、そしたらいきなり袋をかぶせられたんだ。
んでもってチョロっと暴れたハズ……
と思ったら、この状況。
どっこも痛くないから多分、魔法かなにかで眠らされたんだろね。
揺れや音からして今は馬車で移動中かな~?
ドコに行くんだろな~?
せめて奴隷市じゃなければイイな~……
考えたってムダか。
もー知らんっ!
二度寝しちゃえ!
それではおやすみなさーい……
「いたい……」
ゆっくりスヤスヤおねんね中だったあたしのほっぺたに何度も刺激が与えられて、あたしはぼんやりと意識を取り戻した。
「起きたか」
あたしの眠りを妨げるのは……
「だれだああああっ!!?」
布団を吹っ飛ばすつもりで手足を広げたら、いきなり体がひっくり返って背後から痛みと音。
……椅子に座らされてたみたい。テヘッ、やっちゃったぜ!
お陰でバッチリ目が覚めたあたしは起き上がりながら周囲を確認した。
多分、宿屋かどこかのそれなりにいい部屋。テーブルには口髭を生やしたおっさんが一人と、あたしのそばに召使いっぽいおっさんが一人。外には用心棒がいるんだろな、どーせ。
「で、あたしになんの用?」
座り直して気づいたけど、テーブルにはあたし用に食事が用意されてた。どうも乱暴する気はないっぽいかな?
「やけに落ち着いているな」
向かいに座る口髭のおっさんがちょっと驚き顔でいった。誘拐犯のほうが驚いてどーすんだよ。
「慣れてるからね」
「慣れるほどにその才を狙われていたのか……うむ、やはり思ったとおりだ」
ぜんぜん思ったとおりじゃないと思うけど。
でもそんなことよりお腹空いてるんだよね~
パンとスープとスクランブルエッグサラダ!
いっただっきまーっす!
「まずは非礼を詫びよう。どうしても君を手に入れたいがために乱暴な手段に出た、許してくれ。私はデュシャン商会ブルージュ支部を任されているフルヴィオ・マッツォーリだ」
「ふ~ん。むしゃむしゃ」
「ほ、本当に肝が据わっているな……それで、君を連れてきた理由だが、ずばり、うちの専属になってほしいからだ!」
「ふ~ん。ばくばく」
「ふ~んて、君……もう少しなにかこう、驚いたりしないのかね? まさかデュシャン商会を知らないとか……」
「名前は知ってる」
ってゆーか、あたしをさらっといて売る気も乱暴する気もないってことは、そういう話以外ないだろうしねー。
でもまさかさらってまであたしを欲しがる人がいるとは思わなかったなあ。フツーに真正面からくればいいのに。
「そうかそうか、安心した。そう、アンセラ王国最大の衣類専門商会デュシャンのわがブルージュ支部にて、君を是非とも雇いたいのだ!」
「それもう聞いた」
「断じてッ! ゾフォールなどの手に渡してはならんッ!」
ゾフォール……
あああ……
なんとなく、読めてきたゾ……
よーするに商売上のアレやコレなナニかがあったワケだ。
だけど、だとすると疑問がひとつ。
「おっちゃん、あたしがどんな服作るか知ってんの?」
「おっちゃ……いや、もちろんだとも! 実は以前、君のもとにうちの者が訪ねて行ったことがある。彼は一度見たものをほぼ正確に模写できる才能の持ち主でね、君にいくつか見せてもらった商品の絵を私に届けてくれたのだ」
そういえば何人か見せてくれっていいにきた人いたなー。どうせライバル商会の偵察だろうけどいい宣伝にもなるから少しくらいは見せてやれってシャルナがいってたんだよねー。どーせ見ただけじゃ真似できっこないし。
「ビビッときたね! そう、まさしく運命の出会いだった! ついにこの世の中に、いや、手の届くところに世界を変えうる天才が現れたと!」
「おおおっ」
このおっちゃん、ちょっとエロそうな顔してるわりには見る目あるじゃん!
「是非とも! 私のもとであの素晴らしい服を作ってくれ! 特に下着を!」
あ、やっぱ見た目どおりだわ。
「私は常々思っていた……女性は美しい……しかし、そんな美しい女性を飾るに相応しいドレスは数あれど、脱がしたあとがあまりにも貧相な肌着……萎える。これは萎えるッ! しかし悲しいかな、私には美しい女性に相応しい肌着をデザインする才能がないのだッ!」
やりかたはともかく、もう少しこのおっちゃんみたいに考えられる人がいればなあ。三回もさらわれずにすんだんだろうなあ~。
「ところがどうだ、セクシーな肌着のデザインばかり考えていた私をあざ笑うかのように天才が舞い降りた……そう、君だ! 君は肌着という概念をぶち壊し、カルソンなどというオムツのごとき野暮な下着を素通りし、まったく新しい下着を考案してしまったのだッ!」
「いよっ、男前!」
「そこで私は考えた……さらっちまえばよくね? と……」
「いよっ、お大尽! ってちょっと待てええい!」
「そう、君の怒りはもっともだ、だが聞いてほしい。先に汚い手を使ったのはゾフォールのほうなのだ! そしてその煽りを食らって私は本店からブルージュに飛ばされてしまったのだよ!」
「ブルージュだってシュデッタの首都なんだからいいじゃん」
「まったくよくない! ファッションの中心地はアルバラステなのだ、アルバラステ本店にいなければこれ以上の出世は望めんのだッ! これもすべてはゾフォールのせいなのだ……!」
このおっちゃんも苦労してんのかね~?
まあ、誘拐被害者の前で誘拐犯が苦労話するってのもどーかと思うケド。
「五年前、こんな事件があった……ウルキアガからやってきたアルファーロという天才ドレスメーカーを、様々な商売敵たちと競り合った結果デュシャンが専属契約を結ぶことに成功し、商会のさらなる飛躍を託して店を開いた。しかし……誰も買わない! そう、獲得を妬んだゾフォールが主導して不買運動を起こしたのだッ!」
あああ~……シャルナがいってたヤツかあ~。
「われわれがアルファーロにどれだけの契約料を払い、どれだけ投資して準備を整えたことか……! それをやつらはパアにしたのだッ! しかもアルファーロの獲得に動いていたのは私だッ! 私が最初に目をつけ、私が直接口説き落としたのだッ! お陰でご破算になったあと、私は理不尽な責任を押しつけられて左遷、このとおりのザマだッ!」
いや、行き先が隣国の首都ってそんなに悲観するほどのことじゃないんじゃ?
少なくともクビになった直後なんの脈絡もなく盗賊にさらわれたあたしよりは遥かにマシだと思う。
「……そんなところに君が現れた。間違いなく、アルファーロ以上の逸材だ。だから私はいても立ってもいられなくなって、強引な手段に訴えてしまったわけだ。わかってもらただろうか?」
「事情はわかったけどさ……」
「ではどうだろう、うちにこないかね!? ゾフォールよりも必ずいい設備、いい人材を提供して見せる! なんならカカルル商会を立ち上げてもいい、運営は私がしてあげようじゃないか!」
「デュシャンはいいの?」
おっちゃんは妙にくら~い笑顔になった。
「どうせ左遷支部長など周りは敵ばかり……それならばいっそ、私のように夢と情熱を抱えながら燻っている若者をいろんなところから引き抜いて独立してしまうのも悪くないと思っていてね……ふっふっふ」
「ヤケになっちゃダメだよ、諦めなかったらいつかイイことあるさ! その前に悪いことがいっぱいあるけど」
「うむ、やはり君は強い子だな。真面目な話、実際にコネもツテもあるし、独立に問題はない。ただ、新興勢力はどうしても妨害に対抗するすべに乏しいし、君のいうとおり成功までには様々な困難が立ちはだかるだろう。それを振り払うには大手の後ろ盾が最も強力な援護となる……」
よーするに、デュシャンにこい、と。
どお~しよっかなあ~~~
シャルナたちにはすっごいよくしてもらってるしなあ~~~
ここで契約の話とかされてもあたしよくわかんないしなあ~……
うーん……
ここはとりあえず……
「おかわり!」
おっちゃんはポカンとしたけど、
「いいとも」
召使いっぽいおっちゃんに命じておかわりを注文してくれた。
きっとシャルナやユギラが捜してくれてるだろうから、できるだけ時間稼がなきゃね。交渉するならそのあとでもいいっしょ。悪い人じゃないし。
あ、そういえばここドコだろ?
まさか寝てる間にブルージュに着いたってコトはないよね?
お腹の空き具合から見て三日ぐらいだから……
ああ、とりあえずトヴァイアス領は抜けちゃってるかな?
んまっ、ナニはともアレ、まずは腹ごしらえじゃーっ!
じゃんじゃんもってこーい!
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