第37話 売れ残りには福があったのか?

 ……なにをどう話すべきか。

 ……そうだな、順を追って話そうか。


 昨日の昼過ぎ、突発性局所的暴風雨のごとく現れたピリムなる仕立て屋の少女もどき(あとで聞いたが本当に子供じゃないらしい)は、夕飯どきまでシャルナたちと店の一角を占領して作戦会議に興じ続け、そろそろ客が増え始めるから場所を変えさせようとしたところへユギラが戻ってきて、ピリムの事情を詳しく教えてくれた。ついでに身元を請け負うとまでいったから、気に入ってるんだろうな。根無し草の冒険者じゃなんの保証にもならんが。

 で。

 すっかり商売色に染まっちまったシャルナはとりあえず自分のところで預かるとピリムを連れてゆき、一晩を経た今朝、改めておれのところへやってきて、こういった。

「このお店の裏の空き店舗、売ってください!」

 それは元ホフトーズ傘下の商会が所有していた物件で、おれが奪い取ったあとそれなりに信頼性と影響力のある商会が入ってくれないものかとキープしていた、日当たりの悪い三階建て。今ユギラのペットを置いてる庭もこの建物の敷地だ。

「本気か?」

 そう訊いたのは、ピリムのための店を自分が用意したい、という前置きがあったからだ。

「もちろん本気ですよ。やりかたさえ間違わなければあの子の服は絶対売れます! そのための投資としてはむしろ安いぐらいかもしれません」

「マジか……」

 おれにはあの破廉恥な衣装の数々が一般的に受けて一般的に流通するとは到底思えないんだが……

 誰が着るんだよ、あんな奇抜な服。

 そりゃあ、クレアとイクティノーラは着る気満々だが、あれはおれを目当てに張り合ってるだけだしなあ……

「しかし、そこまで利益を期待してるんならなんで専属にすることをやめたんだ? そのほうがゾフォールは儲かるだろうに」

「それがそうでもないんですよねえ」

「どういうことだ?」

「五年ほど前に実際に起こったことなんですけど、ある商会がある超人気職人を抱え込んだところ、ライバルたちがいろいろ工作して不買運動を起こしちゃって……」

 それ、ゾフォールはどっちの立場だったんだろうな。

「それ以来、アンセラのアルバラステやシュデッタのブルージュなんかの大都市だと、ああいう才能ある職人は独占契約せず、自由に商売させようっていうのが主流になってるんですよ。ただ、そういう職人ってだいたい経営は下手だから大手が顧問として人員を送り込むんですけどね」

「なるほどな」

「それにホラ、ウチがきてから他の商会とちょっとあったし、ここで抱え込みなんてしようもんなら今度はウチが痛い目に遭いかねないし……」

 なるほど、ゾフォールは不買をそそのかした側だったか。

「そういうことなら構わないが、ひとつ条件がある」

「なんですか?」

「建物はいいが、土地の権利書はしばらく売らない。もし商売に失敗して両方とも手放さざるを得なくなったとき、怪しげな相手に売られたらうちが困るからな」

「疑り深いなあ~」

「ゾフォールについては心配してないが、おれはファッションのことはさっぱりわからないんだ。これくらいの防火策は打たせてくれ」

 というわけで、この数ヶ月入居者がないまま放置されいっそ市長のいうように従業員寮に作り変えるしかないかと持て余していた裏の店舗が、あっさり売れた。

 そんでもってその手続きやらなんやかんやでおれの午前は終了し、午後にはピリムとその他数名を連れて裏の店舗に向かったわけだ。



「なんだ、中は案外ちゃんとしてるじゃないか」

 とは、ユギラの感想。

 なんでこいつがいるのかというと、さすがに子供と見まごうピリムを一人でこの広い店舗兼住宅に置いておくのは危ないということで、護衛代わりに一緒に住むことにしたようだ。冒険者が拠点にするには贅沢すぎるってもんだぜ。

「おぉう、おおおぉぉうぅ……!」

 当のピリムは感動のあまり小さな体を震わせながら嗚咽を漏らしている。

「さあ、ピリムちゃん! ココがキミの工房だよ! とりあえず初期資金と必要な道具や素材はウチで用意したげるから、じゃんじゃん作っちゃってね!」

 ドーンと胸を張るシャルナに、ピリムは不安いっぱいの顔を向けた。

「そんなこといって、あとで十倍にして返せとかいわない……?」

「そんなあくどいやりかたはゾフォールの誇りに反するのでやりません!」

「好きに作れとかいって持ち上げといて、出来上がったのを目の前で破いたり焼いたりしない……?」

「そんな心配するほうがどうかしてるよ!?」

 されたんだな……

「ホントのホントに、ココ、あたしのお店……?」

「そうだよ! 経営に関しては私が顧問をやるし、人員も集めてあげるし、ユギラさんがいるから強盗も怖くない! 正真正銘安心安全な、キミのお店だよ!」

 シャルナの頼もしい言葉を受けて、ピリムは滝のような涙を流しながら俯いた。

 大泣きするのかな、と思ったら……

「うおおおおおおおっ!!! ヤルぞおおおおおおっ!!! あたしをバカにしてきたやつらを根こそぎギャフンといわせちゃるうううううっ!!!」

 涙の飛沫を撒き散らしながら、野望の炎を猛らせた。うるせえ。

「さーあ! そうと決まったら早速準備するよ! まずはこの紙に必要な物を書いてね! 他の人はお掃除! ハイ、行った行った!」

 ようするにおれたちはそのために連れてこられたわけだ。

 うちの従業員数名とゾフォールの従業員数名……後者はきっとここで働かせるんだろうな。


 ……おれ、必要か?

 最初はジローとかいうフェンリルの小屋を作るためにユギラからどういう作りがいいのか聞くだけのつもりだったんだが、あいつもこっちに移ることになったってんで小屋の製作費もシャルナがついでに出すってことで落着しちまったんだよなあ。

「あ、店長はこっち」

 こっそり帰っちまおうかと思ってたら、シャルナから部屋の隅に呼ばれた。

「店長にきてもらったのは他でもありません。大事な任務をこなしてもらうためです」

「掃除要員じゃなかったのか」

「ハイ、これ」

 と手渡されたのは、昨日見たばかりのピリムのデザイン画の束。

「クレアさんとイクティノーラさんに着てほしい服を選んでください」

 おれの機嫌は一気に地下まで下落した。

「おまえ、いくら握らされた」

「やだな~! ワイロなんてもらってませんって!」

 そのニヤけ面を誰が信用するものか。

「私としてはこのボディスを改良したような胸部用の下着がオススメですよ~。胸を固定する衣服を外じゃなく中に着けてしまおうという逆転の発想がスバラしい! それにホラ、お二人ともおっぱいボインボインだからこういうの着けたほうが服の上からのラインが綺麗に見えるし! ね!?」

「ね!? じゃねえよっ!」

 こうしておれは、夜まであいつらの服選びをさせられた挙句、その後もシャルナとピリムに挟まれなぜかファッションについてたっぷり教育を受けるのだった……


 おれ、服屋じゃなくて料理屋なんだけどなあ……

 おれの貴重な時間を返せ……!

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