第36話 鬼に金棒=美女にエロス

 クレアと白仙翁なる二大伝説級モンスターから多大なる衝撃を受けたおれは、ランチタイム後の大事な仕込み時間を気が入らないままぼんやり過ごしていた。

 ちなみに化け物の片割れは、

「ちと風に当たってくる」

 といって店を出て行った。

 ジョーいわく、

「ありゃあ相当こたえてるな。無理もないぜ」

 とのこと。

 そのジョーはジョーでやっぱり鍛冶屋へ行き、ユギラも散策へ出かけて新顔たちはあっという間に散っていった。

 あの三人から新しい料理を教えてもらえるのは嬉しいが、じいさんが本当に強いやつに執着してるってんなら、一波乱どころじゃない騒ぎがこの先起こりそうだ……

 少なくとも、おれにとってのこの日の事件はまだ終わっちゃいなかったらしい。


「ルシエドさま」

 声をかけられ振り向いてみると、バスケットをもったイクティノーラ。そして町の誰からも聖騎士だとは思われていないシャルナがいた。

「珍しい組み合わせだな」

「いや~前でばったり会いましてね~。まったくモテる男は罪ですな~」

「わざわざ冷やかしにきたのか?」

「いえいえ、私はただの客ですよん。それよりホラっ、イクティノーラさんっ」

 シャルナに背中を押されたイクティノーラはなにやら恥ずかしげな顔で控えめにバスケットを差し出してきた。

「あの、どうにかそれらしい物が出来上がったので、味見していただければと思いまして……お口に合うといいのですが……」

「もう差し入れできるほどになったか」

「いえっ、そんなっ、まだだまで……」

 おれはかかっている布をめくり、中身とご対面する。

 そこにはなんと、おれの好物フセッタスが!

「まさか、パンも自分で焼いたのか?」

 見た限り、うちで出しているのと遜色ない。

「いえ、さすがにパン焼きはシェフに手伝ってもらいました」

「ということは、それ以外は自作か」

「恥ずかしながら……」

 こいつが教えてくれというのでフセッタスを含めうちのメニューをいくつか伝授したんだが、まさか始めて一ヶ月ほどで半端ながらもパンまで焼いてくるとは。

「どれ、それじゃあ試しに一口……」

 頬張ろうとしたその瞬間。

「ちょおっと待ったあああああッ!!!」

 厨房からうるさいのが……

「クサいクサいと思っていたら、やっぱりアンタだったのね、泥棒猫!」

 なんという嗅覚の無駄遣い!

「あ~ら、妻気取りのくせに半年も抱いてもらえなかった勘違い副店長さん、ご機嫌よう」

「ムキィーッ! 今は毎日ヤリまくりハッピーデイズよ!」

「回数こなせばいいというものではありませんわ」

「モテる男はツラいっすな~」

「せめて仲裁しようとは思わんのか」

「や、まだ死にたくないんで」

 真顔で返すなよ……

 はあ、やれやれ……

 ま~たこいつらの相手をしなきゃならんのか……

 ……と頭を抱えているとだ。

 なんということか、この状況でさらなる乱入者が!


「たのもーうッ!」

 いつぞやのグストーを彷彿とさせる威勢のいい声とともに店のドアが押された。

 ただ、押しすぎたな。

 うちの入り口はスイングドアなんだ。

 勢いよく押し開けばそれ以上の強さで戻ってくるんだよ。

 結果……

「ひでぶっ!?」

 返ってきたドアに思い切り顔面を潰され、その客はものの見事にひっくり返った。

「ぶふーっ!」

 とは、シャルナが吹き出した音。

「だ、大丈夫……?」

 頑張って笑いをこらえるシャルナに引き起こされたそいつは、やけに小さかった。

 っつーか子供だ。

 体よりでかいリュックサックを背負った、獣人の少女(半泣き)。

「だい、じょおぶ……ココロのキズに比べればこれくらい……!」

 マセたことをいうガキだ。

 しかしお陰で助かった。クレアもイクティノーラもすっかり呆気に取られてくれている。

「どうした、お嬢ちゃん。家出か?」

「お嬢ちゃんちゃうわっ! あと家ないから家出もクソもないわっ!」

「そうか、じゃあ泊まっていくか? 少しはまけてやるぞ」

「よし、乗った!」

「ハイ、一名さまご案内~」

「ってちゃうわああっ!!」

 こんなノリのいいガキんちょがいるとはなあ。

「あたしはウルカン族のピリム・カカルル! これでもキッチリ成人済みの仕立て屋だ! ここの店長を呼んでちょんまげ!」

「なんだ、おれに用か?」

「え、あんたがそうなの? なんだけっこうイイ男じゃん」

「そりゃどうも」

「イヤさ、ちょっと聞いてよ。カクカクシカジカなウヨキョクセツを経て今朝到着したんだけどさ、どっこも雇ってくんないんだよっ! そりゃある程度はカクゴしてたさ!? こんなナリだし身元を証明するモノもないしね!?」

 あああ~……

 このノリ知ってるぞ……

 今目の前で楽しそうな顔しながら聞き入ってる赤い髪のなんちゃって聖騎士が初めてうちにきたときのノリだ。いや、あれ以上か?

「でもさ!? いくらなんでもゼンメツってヒドくない!? な~にが生まれ変わった新進気鋭の商業都市だよ! 見た目で馬鹿にするわセンスも悪いわ、それならいっそ自分で開業しちゃろー思ってギルドに行ったら回りくどく権力者に許可もらってこいとかいってたらい回しだしさーっ!? 結局ヤクザ商売かってんのよっ! ぷんすかしちゃうっ!」

 うん、やっぱりシャルナより強烈だわ。

 多分この町のことをよく知らないんだろうが、そうであっても普通、権力者として紹介されてきた相手を前にしてここまではっきり批判や不満をぶちまけられるやつはいないだろう。シャルナも他の連中も、すっかり表情が凍りついてやがる。

「そいつは悪かったな。店をもちたいというのは構わないが、ここへ回されたということはギルドじゃ判断できないことがあったってことだ。見た目以外でなにかいわれなかったか?」

「コレだよっ!」

 少女は、ドンと背負っていたリュックを置いて、中身を突きつけた。

「なんだこりゃ?」

「あたしが考えた服のデザイン画! どこ行ってもこんなキバツなモンは作らせられないってゆーんだよ!? アンタもセンス悪いヒト!?」

「デザイン画ねえ……」

 正直、おれはファッションには疎い。国にいたころも自分で服を買ったことがなかったし、女にプレゼントしたこともない。

「……なんだこりゃ? ドレス? うん……?」

 上下が繋がっているようで、繋がってない。

 それどころか腹が出てるし、スカートも正面だけやたらと短い。

「ハレンチすぎるだろ」

「ハァァ……」

 ピリムなる仕立て屋は心底落胆したようなため息をついてうずくまってしまった。

「所詮この町もこのてーどかぁ……」

「腹はまだしも、下が見えかねないのはだめだろう、公序良俗的に」

「そんなの、中に穿けばいいだけじゃん……」

「中に穿く……?」

 反応したのはシャルナだった。

「もしかして、カルソンのこと?」

「あんなダッサいモンじゃありません~。あたしは下着もオシャレなヤツを考えてるの~っ」

 見えない衣服をオシャレにしてどうするんだ、なんていったらまたセンス悪いとかいわれそうだな……まあ、否定はしないが。

「ちょっと他のも見せてくれる?」

「ご自由にど~ぞぉ~」

 ピリムはすっかり元気をなくして投げやりだ。

 しかし逆にシャルナはなにか感じるものがあったのか、リュックの中に大量に入っていたスケッチブックや型紙を掘り出してテーブルに並べていった。

「あら、素敵」

 と、最初に肯定意見を口にしたのはイクティノーラだった。そのときピリムのネコミミがピクリと方向を変えたのをおれは見逃さなかったぞ。

「これがカルソンの代わりの物なの? 確かにこれはオシャレでドレスにも合いそうね」

 ピリムの顔が少しだけこっちを向いた。

「待て待て。見えることを前提としてる時点でだめだろ」

「これなんかは?」

 と、シャルナが一枚の絵を差し出してきた。

「これまた……奇抜といえば奇抜だな……」

 そいつは、股下のあるスカートだった。それもドレスの下半分としてのスカートではなく、それだけが独立している物。どうやらボタンで留めて穿くらしいが、そもそもスカートなのに股下があるってどうなってるんだよ? 足の外側はスカートだが内側はやたらと裾の短いズボンだろ。いや、スカート部分すら極端に短い。

「これを下に穿くのか?」

「これ自体はデザイン性が高くてちょっと合わないけど、もっとシンプルにすればいいんじゃ?」

「普通にドレスでよくないか?」

「私としては、こういう物があれば助かりますね。商売柄普段から露出が高いですし」

「おまえはもうそんな恰好を続ける必要ないだろ」

「あ、そういえばそうでした」

「ねえ、ダーリン」

「ダーリンはよせ。なんだ?」

「コレ、どう思う?」

 クレアがつまみ上げたのは、胸と股間しか隠れていない究極的に破廉恥な絵だった。

「おまえっ、こんなの……っ!」

 やばい、想像してしまった……!

 だからして、クレアはにんまり笑うわけだ。

「ネコちゃん。これ作って」

「へっ!?」

 俯きかけていたピリムがすんごい勢いで振り返った……

「これを着て毎晩ダーリンを誘惑するの。こういうハレンチなやつ、いっぱい作ってちょうだい」

「抜け駆けはさせませんわ! あなたがそうくるのであれば私はこの丈の短い上下分かれのドレスを!」

「マジでえっ!?」

 それはおれが叫びたかった。

「ほら、ヒューレさんも! こっそり覗いてないで!」

「うわっ、わ、私はべ別に……っ!?」

 こらっ、ヒューレを巻き込むんじゃない! 最近なにかと仲いいなおまえら!

「店長……」

 クレアとイクティノーラがヒューレを奪い合ってぎゃあぎゃあやり始めた中、シャルナだけはやけに冷静だ……それが逆に不気味なんだが。

「この子、天才かも」

「はあっ……?」

「売れるッ!」

 デザイン画の山から顔を上げたシャルナの瞳の中には、金貨が踊っていた……

「店長をダシにしてこの町一、二の美女に宣伝させたら、絶対売れる!」

「本人を見ながらダシとかいうんじゃねえよ!」

「革命の予感……いいえ、起こすわ! 私がこの手で! ピリムちゃん、ウチの専属にならない!?」

「なるうっ!!!」

「即答かよ!」

「この機を逃す手はないわ! エストも巻き込んで、そうだ、画家も呼んで宣伝看板作っちゃおう! これだけ美人揃いだからウケるぞおぉ~~!!」


 ……はっきりしたことがひとつある。

 白仙翁がどうとかいう前に、ピリムを中心とした大騒ぎがやってくる。

 間違いない……


 まあ、町が活気づくならいいんだけどな……

 ただ……

 クレアにしろイクティノーラにしろ、これほどの美女に裸よりいやらしい恰好で迫られたら、おれの身がもちそうにない……!


 贅沢な悩み?

 ああ、そうだろうよ、わかってるよ。

 石を投げたいなら投げてこいよ!

 修羅場に晒されるよりよっぽどマシだからな!

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