第38話 下着の名は

 ハイ、どーも!

 ゾフォール商会バリザード支店特別顧問兼、のらねこ工房特別顧問のシャルナ・ゾフォールです!

 いやあ~忙しい忙しい!

 私が今なにをしてるのかというと、ウチのお店のことはそこそこに、ピリムちゃん(実は年上だったなんて聞かなかったことにした!)のお店に並べる初期商品のラインナップ考案やら宣伝・販売計画の立案やら人員の確保やらと、ほとんどつきっきりで頑張っちゃってるわけですよ!

 ウチのお店に関しては元々ベランさんがいるから心配ないし、私としては初めて自分主導で商売を立ち上げるのが楽しくて仕方がない!

 だからゴメンね、エスト。

 一儲けしたら教会に寄付するからしばらくはこっちに没頭させて!


 で、ですよ。

 概ね問題なく進んでるんだけど、ひとつだけ頭を抱えてることがあるの。

「うぅ~ん……」

 まだ商品がなにもない店内で考えながらうろうろしてると、従業員第一号のオフェリアさんが声をかけてきた。

「まだ考え中?」

 この人、実は血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンの従業員で元娼婦のお姉さんなんだけど、なんでも実家が仕立て屋だったとかで娼館にいたときから仲間の服を修繕したり簡単な物なら作ってたりしたらしく、この工房の立ち上げが決まると真っ先に志願して移ってきたんだよね。

「ゼロから新しい物を創ることがどれほど難しいか、思い知らされてます……」

 ホント、ピリムちゃんはすごいと思う。

 私がなにに悩んでるのかというと、名前。

 服飾の世界に新しい概念として根付くであろうことを期待して販売を決定している下着の、名前が決まらない!

 そもそも下着という呼び方すら浸透してるとはいえない現状でさらに新しい物を送り込もうっていうんだから、名前がなかったら話にならない!

 だって、それ以降はずっとその名前で呼ばれるんだよ?

 たとえばドレスがドレスと呼ばれるように、パンがパンと呼ばれるように、この下着にも名前がなくちゃ呼びようがない。

 これが商品名としての固有名詞ならこんなに悩むことはなかったんだけど、普通名詞だからなあ……

 考えてみれば、ドレスやパンみたいに誰もが当たり前に口にする普通名詞を名づけようとしてるって、すごいことだなあ……

 だから思う。

 命名と同じように、ううん、それ以上に難しい、『新しい物を創る』ってことをたった一人でやってきたピリムちゃんは、スゴい。

 しかも下着のうちのひとつは自分で命名しちゃったし。


 そう、下着はふたつある。男性用はひとつだけど、女性用はふたつ。

 胸を支えるボディスの代わりになる物と、スカートの中に穿くカルソンの発展型となる物。

 ピリムちゃんが命名したのは後者。

 最初私は安易に、前者をアンダートップ、後者をアンダーボトムって考えてたんだけど、

「こっちはもう考えてるの! コレはパンツ!」

 ということで押し切られちゃった。

 なんでパンツかというと、昔外国で見た大道芸の滑稽劇でやたらと裾が短くて股間を強調したズボンらしき物を穿いたキャラクターがいて、その役名をもじったんだとか。

「でもなんで複数形?」

 と訊くと、

「だって足を二本通すじゃん。お尻もふたつ支えるし」

 それをいったらズボンだってそうなんだけど、と思ったけど、

「なんならちょっと可愛らしくパンティーでもいいよ!」

 ということで、スカートの中に穿く下着の名前はパンツ、もしくはパンティーってことに決定した。

 そのお陰でもうひとつのほうも名詞を考えなくちゃいけなくなったわけなんだけど、こっちについてはピリムちゃんも特に案がなかったみたいで、製作に集中してもらうために私が考えとくって安請け合いした結果がコレですよ、ええ……

 開店はまだまだ先とはいえ、まさかこんなところで躓くとは思わなかった……


「シャルナ、どうかしら?」

 作業に戻るオフェリアさんを見送って引き続き唸りながら店内をうろついてると、今度は奥の作業場からクレアさんが出てきた。

「うわあっ……」

 思わず見惚れちゃったよ!

 だって、ただでさえ美人でスタイルがよくてお肌も白くてすべすべつやつやなクレアさんが、ピリムちゃん特製下着だけの姿で出てきたんだもん!

「ってゆーかうっすら見えちゃってますけどっ!?」

「うん、ネコちゃんがね、男はこういうはっきりとは見えないくらい見えてるのが興奮する生き物だっていうから。どうかしら?」

「正直、女でもタマリマセン……」

 さすがに私には無理だわ。私たぶん今、顔真っ赤。

 エストなら似合いそうだけど、性格上死んでも着てくれないだろうなあ……

「これ、新鮮なだけじゃなく本当に便利よねえ」

 といいながらクレアさんはアンダートップ(仮)のカップ部分をクイクイ引っ張った。

「今まではボディスで胸を押さえてきたけど、あれって着けるのすごく面倒じゃない? だけどこれはただ一ヶ所ボタンで留めるだけだし」

 その簡潔さを形にするためにどれだけ時間がかかったか、私は知ってる。

 女性の胸は人体の中で最も人によって形状の違う部位で、大きさも形も様々。だからボディスは何ヵ所も紐をとおして自分の体にフィットするよう形を整えなきゃいけなくて、脱ぐときには紐をほどかないと外せないから脱着のたびに同じことをしなくちゃいけない。

 この手間を、ピリムちゃんは解決した。

 胸の最も盛り上がってる部分と付け根とで計測してその差によってサイズを分類し、サイズごとに基本の型紙を作ることで量産を可能にしつつ脱着の手間を省いちゃったんだ。

 これが、私が売れると思った理由の大きなひとつ。

「下から支えるんじゃなく、まるでおぶってるみたいに上から支えるっていうのも面白いわよね。ちょっと肩凝りそうだけど」

「おんぶかぁ……」

 ちょっと私には想像できない領域かなあ。私そこまでおっぱいおっきくないし。

「おんぶっていうより抱っこかしらね。胸用のブラジャーって感じ」

「ぶらじゃあ?」

「ああ、今はもう聞かないわね。昔このあたりの地域ではおんぶ紐のことをブラジャーって呼んでいたのよ、確か」

「ブラジャー!」

 私は思わず叫んでいた。

「ブラジャアアアアァァッ!!」

「ど、どうしたの……?」

「ブラジャーですよ、ブラジャー! その下着の名前! ブラジャーに決定! 今決定! 大・決・定!」

「抱っこなのにおんぶ?」

「細かいことは気にしない! どうせ死語だし!」

「まあ、そうね」

「いや~ようやくただ唸るだけの作業から解放された~!」

 というわけで、下着の名前はブラジャーとパンツに決定!

 これで宣伝できるぞぉ~っ!

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