第34話 再会

 三月も下旬に入って夏の足音がすぐそこまで近づいていることを日々実感する今日このごろ。

 わが血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンはすっかり安定期に入って、特に宣伝に力を入れなくてもレストラン・宿ともに毎日きっちり黒字を出してくれるようになったため、経営者としておれは非常に満足している。

 ひとつ予定外の変化があったとすれば、制服のデザインを変更したぐらいか。

 どうやら今年の初めにやってきたダヤンワール商会のやつが推していたらしく、先方からの提案を受けて派手にならない程度に装飾性を出してみた。

 するとさすがは専門家の見立てといったところか、新しい制服は主に女性陣からの受けがよく、既に衣替えしている夏用もダヤンワール製だ。

 それはともかく、店の安定という意味ではやはり(町全体にとっても同じだが)、乗合馬車の開通、ゾフォール商会の参入、そして未踏破のラビリンスがでかい。

 ゾフォール参入直後は南方の商会と多少ごたごたはあったが結果的により活気づいたし、冒険者の増加による治安も今のところ許容範囲に収まっている。これに関してはゴールドレッド団の連中が巧くやっているからだろう。

 普通、腰巾着のごますり野郎ってのは嫌われるもんだが、ドルグは戦歴だけは確かだし面倒見がいいもんだから年下からは好かれやすく、上に対しては忖度上手だからごますり野郎とは見られてないんだよな。そのうえ身の程をきちんと理解しいてるからでしゃばりもしない。

 中間管理職としては最適な人材といえるな。軍にいれば出世しそうなやつだ。

 ついでにいうならジョーの存在も大きい。

 なにせゼルーグと引き分けるようなやつが恩人として礼を尽くしてるわけだから、この町での冒険者としての実績はゼロに等しいくせに名声だけは高まっちまったんだよな。

 まっ、そんなこんなでとりあえずこの町もうちの店も順調ってことだ。


 そんなこんなの今日。

 おれにとっても好ましい客の一人であったジョーが、今日も今日とて鍛冶屋に行くといって出て行ったと思ったら、意外すぎるご新規を引き連れて戻ってきた。

「馬小屋に入るか……?」

 ジョーが指差すのは、店の外でお行儀よくお座りしている、灰色の狼。

 開店前でよかった、じゃないと誰も寄りつかなくなっちまう。

「馬が食われちまうだろ」

「だよなあ」

 でかい。

 ジョーが連れている二人の人物も気になったが、察するにはぐれた師匠と姉弟子なんだろう。

 ただ、その姉弟子が魔獣使いだとは聞いていなかった。

「ひとまず裏庭にでも置いといてもらえるか」

 そういうわけで、おれはいまだ空き店舗となっている裏の建物の日当たり最悪な庭に案内した。

 こいつらも長期滞在するとなると、モンスター用の小屋も必要になるな……



「紹介するぜ。こっちがおれの師、白仙翁。んでそっちが相弟子のユギラだ」

 おれたちがテーブルを囲んで話し始めたこの時間帯は、宿泊客の朝食タイムと開店時間の間で一番人のいないタイミングだ。うるさいのはまだ眠りこけてるし、落ち着いて話すには最適だな。

「聞いておった以上に活気のある町じゃな」

「お陰でピリムがすぐにすっ飛んで行っちまったしね」

 やはり世界は広いと、改めて思う。

 少数民族である魔獣使いのゾンダイトと知り合えたということもそうだが、このユギラという女はジョーに引けを取らないほど強そうだし、なにより白仙というじいさんだ。

 正直、計り知れない。

 見た目はクレアを思わせるほど血色が悪いくせに筋骨隆々、そして不思議な気配をまとっている。

 おれはこういう気配を感じたことがない。

 底知れない暗い井戸を覗き込んでいるかのような不気味さでもあり、夜道を明瞭に照らし出す満月のような安心感でもある。

 ひとつはっきりいえるのは、このじいさんがとてつもなく強いということだ。

 ゼルーグやジョーも気術の達人といえる域に達した戦士で、気配もそれに相応しい穏やかながらも力強い生命力に溢れているが、このじいさんは多分、それを突き抜けてる。

 おれに限らず、その人物の強さを把握できないということは、自分より強いということで間違いない。

 おれも本気を出せば相当な化け物だと自覚してるが、まさか半年ほどで自分以上の化け物と二回も遭遇するとはなあ。

 その化け物じいさんが、おれと、開店準備中のリエルとヒューレをじっくり見て、いった。

「これはしばらく離れられんな」

「だろう? アダマンタイトを鍛えるにも時間がかかるし、しばらくはここを拠点にしようぜ」

「あたしも賛成だね。ラビリンスに潜りたいしさ」

 うん、やっぱりモンスターハウスが必要なようだ。

「是非そうしてくれ。部屋はまだ空いてるし長期滞在者向けの割引もあるぞ」

「ではしばし、厄介になるとしようか」

 よしきた!

 そうと決まれば善は急げ、おれにはなんとしてもやらねばならんことがある。

「モノは相談なんだが、お二人さん。あんたたちの故郷の料理を教えてくれないか?」

「ほう、料理とな?」

「うちは他では出せない料理を出すのが売りでな。ジョーから海陽料理をある程度教わったんだが、いまいち不明な点が多くてな。あんたなら詳しいはずだと聞いた」

 期待を込めた視線をやると、果たして、じいさんは力強く頷いてくれた。

「うむ、長生きしておれば武芸以外のこともなにかと詳しくなるものでな。自ら食すわけではないが、なにを隠そう料理は武芸に次いでの得意よ」

 やったぜ!

 これで謎ばかりだった海陽料理が作れるぞ!

「だったらまず味噌の作り方を教えてくれるか。うちの料理長が好奇心に取り憑かれて頭を抱えているんだ」

「味噌とな! まさかこのような土地で味噌を作りたがる者がいようとは思わなんだぞ。よかろう、まず手に入れるべき材料は……」



 ……そんな感じで、おれたちは開店してからも周囲そっちのけで異国料理の話を続けていた。

 あいつがのほほん面でやってきたのは、いつもの時間だった。

「あら? 仲間と合流できたのっ?」

 クレアも早く海陽のスイーツをもっと知りたいとじいさんの到着を心待ちにしていたから、その声は隠しようのない期待に満ちていた。こいつが起きてくる前にしっかり話が聞けてよかったぜ。

 とりあえず二人に紹介しないとな……

 と、思っていたら、

「やはり、おぬしであったか」

 じいさんから不思議な声が上がった。

 ……やはり?

「この町に入ったときから、そうではないかと思っておった」

 まさか、クレアに人間の知り合いが?

 にわかには信じられないぞ。

 しかし、当のクレアを見ると、

「…………?」

 あんた誰? とでもいいたげな怪訝顔。

 ますますわけがわからん。

「久しぶりじゃな、クレア・ドーラよ」

 その瞬間、おれの脳髄に電撃が走った――

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