第33話 果たして、その石の大きさは
「ひええええっお助けえええぇっ!!」
蓋を開ければビックリドッキリ、中から小さな女の子が!
……ってまあ、特に驚くようなことでもないんだけどね。こういう商売してればこういう状況に遭遇することはたまにある。
ようするにあの盗賊ども、人さらい専門だったわけだ。こりゃ儲けたね。被害者も無事だし近くの町に報告すればきっと報奨金に色がつくね。
「お嬢ちゃん、大丈夫だよ。盗賊は全部やっつけたからさ」
「誰がお嬢ちゃんじゃい! これでも成人しとるわっ!」
すんごい予想外の反応が跳ね返ってきた……
「確かにぺったんこだけど背も低いけどそれがイイとかいう変態もいるけどこれでもレッキとした大人だよっ!」
木箱に詰められたままの体勢で凄まれてもねえ……
「とりあえず出なよ」
手を差し出してやると、
「ああ、あんがと」
意外と素直に手を取ってひょいっと出てきた。
「ああ、ウルカンだったのか」
ターバンから飛び出てる耳を見て小さい理由も理解した。ウルカン族ってだいたい人間よりも小さいし、成人年齢が確か一五歳ぐらいだった気がするから、この子のいってることはこの子の価値観では本当なんだろう。
どう見ても子供だけど。
「いやあ~どうもどうも、危ないところを助けていただきまして! 危うく人生二回目の奴隷生活に突入するところだったよ!」
そりゃどうも、とか、若いのに大変だねえ、なんていう暇はなかった。
「トコロでお姉さん、なかなかイカした恰好してるね! それどこの防具? やけに露出高いけどよっぽど強い魔法かかってるのかな? あたし魔法は詳しくないんだよね~でもすごくイイ、イイよ、褐色の逞しい体を引き立たせるプロのデザインだね!」
別に肌を見せようと思ってるわけじゃないんだけど、この子のこの興奮には口を挟む暇が本当にない。終わったとはいえ、一応ここ戦場なんだけどねえ……
「おじいちゃんっ!」
「なんじゃ?」
今度は翁に目を向けて、その大きな瞳をキラキラ輝かせた。
「おじいちゃん、ドコのヒトっ!? そんな服見たことないんだけどっ! なにそれ、ローブじゃないよねえ、上下分かれてるし、しかも上は前でも分かれてる!? ちょっと脱いでもらっていい!?」
「ホッホッホ、求められては仕方ないのう」
「なに嬉しそうに脱いでんだよ」
ポカッとハゲ頭を叩いてやった。無駄にノリがいいんだ、このじいさん。
「それはそうとお嬢ちゃん、家はどこだい? 近いなら送ってやってもいいけど」
「残念ながら昨日住み込みで働いてたとこをクビになってその直後にさらわれて現在に至る家なき子だっ!」
堂々ということじゃないよ……
「そういうことならとりあえずわしらとともにバリザードへゆかんか?」
「バリザード……?」
そういうわけで三人でバリザードに向かうことになったんだけど、あたしはとにかくいろいろ驚いた。
まずこのピリムって子の人生が見た目に反してかなり過激だってこと。しかも仕立て屋としてかなり異端ながらもまったくめげない心の強さをもってる。とても女が一人で歩めるような道じゃない。あたしは戦いに生きる人種だからまだしも、この子は戦う術なんてなにひとつもっちゃいないんだ。
お陰で妙に応援したくなっちまったよ。
「あたしはね! このダッサいファッション界に革命を起こしてやるんだっ!」
バリザードを目と鼻の先に捉えた川辺で夕食をとっていると、彼女はそういった。
「二人はあたしの服装どう思う?」
どうっていわれてもねえ……?
土地柄的にターバンとマントはいいとして、上半身は胸だけを覆う黒い薄布一枚で、下半身には裾がないといっていいほど短くてぴったりした、ズボン? ああ、ちゃんと尻尾を出す穴はあるんだね。
「着る者が着れば随分と扇情的じゃな」
「前半は余計! だけどあたしが着ればエロく見えないようにちゃんと計算して作ってあるのだっ! ふふんっ」
「で、それがどうかしたのかい?」
「例えばだよ? お姉さんみたいな肉体派の女性が冒険をお休みして町でのんびりしようってとき、ローブやドレスを着る?」
「あっはっは」
思わず笑っちまった。
いやいや、笑うしかないだろ。
「あたしがローブやドレスを着ると思うかい? 生まれてこのかた無縁だよ」
「普段は今の恰好から鎧を取っただけじゃな」
「それ、ゾンダイトの民族衣装だよね? それはそれでなかなかイカしてるんだけど、そうじゃない人の場合は?」
「まあ、数少ない女冒険者はみんな男物の服を着てるねえ」
「まさに、そこっ! なんでわざわざ男物を着なきゃナランのかっ! そもそもなぜに男物と女物とゆー区別があるのかっ! 女だって動き易い服を普段着にしたっていいじゃないかと! 庶民はローブ一辺倒! 上流階級はドレス一辺倒! もっと! もっと服装に自由ををををっ!!」
肺の中身を空っぽにする勢いで叫んだピリムはぜえぜえ呼吸しながらも固い決意を全身にみなぎらせていた。
「あたしはいいと思うけど、それってそんなにおかしいことなのかい?」
「あたしが今ここにいる理由をお忘れか……」
「いまいち理解できないねえ」
「人というものはな」
翁がピリムに水を差し出しながらいった。
「思い込みによって自らを確立させる生き物なのだ」
これは……ややこしい講釈が始まるぞ。
「ゆえに社会とは一定の範囲の思い込みを共有する者たちで形成された集合体ともいえる。その静寂なる水面に一石を投じようとする者が現れれば、水面が波打つ前に岸辺で叩き潰して埋めてしまおうと考えてしまうのじゃ」
「わかる、わかるよぅ、おじいちゃん……あたしが何度、ぶちのめされては埋められる前に命からがら逃げ出してを繰り返したことか……」
「ユギラとて同じであろう。おぬしの場合は半分流れる人間の血が一族という静寂なる水面にとっての細波となった」
「それって単に少数派は生きづらいってことだろ?」
「そう単純な話ではないが、それも然り。しかし面白いことに、人の世を動かしてきたのは常に一石を投じようとする勇気ある少数派じゃ。なぜそれができたか?」
あたしはこの手の話が苦手だ。海陽ではゼンモンドーとかいって僧侶がよくやるそうで、意外にもジョーは翁とゼンモンドーするのを好んでる。
今はジョーがいないから翁が勝手に話を進めるかと思ったら、意外なところから声が上がった。
「どデカい岩をブチ込んじゃえばいいんだよっ!」
「はっはっは! 大正解じゃ!」
……呆れるところじゃないのか、これ?
「易々とはとめられん大岩を投げ込み、その大波で古き水溜まりを新しく作り変えるのだ。それができる者こそ、大なり小なり世を動かす者よ」
「だよねーっ! うんっ、元気出てきたっ! バリザードで一旗揚げてやるーっ!」
ああ、なるほど……
今気づいた。
翁はこの子を気に入ったんだ。
なにを犠牲にしてでもひたすらに己の道を突き進む人間を、翁が馬鹿にするはずがない。
あたしやジョーがそうだったように、そしてそれ以上に、翁もまたそういう人種なんだ。
改めて考えるととんでもないね。肉体を取っ換え引っ換えしながら千年以上も武の極みを目指してんのに、まだ満足しないだなんて。
翁の目にはピリムも同類に映ったってワケだ。
もしかすると、今のバリザードはそういう人間で溢れてるから活気づいてるのかもねえ。ゾフォール商会も参入したってんでシェランの商会が大慌てしてるっていうし。
もし本当にそういう町なら、ジョーがいなくてもそこが次の拠点になりそうだ。
っつーか、多分いるだろ。アイツそういう場所、大好きだし。あたしも翁も好きだし。
……そういえば、未踏破のラビリンスもあるんだっけ?
いいじゃん、あたし向きじゃん。
ここしばらく潜ってなかったから、勘を取り戻すにはちょうどよさそうだ。
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