第32話 渡る世間の鬼対仏
やれやれ、まったく。
思ってたのとは違ったけどやっぱり面倒なことになったねえ。むしろ思ってたより厄介かもしれない。
なんせあの馬鹿、指名手配されやがったんだからね。
お陰でこっちも町を抜け出すのに苦労したよ、まったく。
「おぬしと二人旅というのも久しぶりじゃな」
なんて、翁は相変わらず呑気だけどね。
そう。
あたしらは今、逃亡中のジョーを追って移動中だ。
「あの馬鹿、どこに向かったのかね。情報をまとめた限り、計画性がまるでないんだけど」
「おそらく勘頼りであろうな。なんにせよ軍隊程度にそうそう見つかることはあるまい、なにせわしが鍛えたんじゃからな」
哀れなことに追跡者にとってはそいつが一番の問題なんだよねえ。
あたしとジョーは何年も翁のもとで修行してきたから、サバイバルはお手の物。本気で逃げたら多分、翁が本気で捜さないと見つからない自信がある。
だけど最終的な目的地は誰にでもわかる。
あたしがジョーの立場なら真っ先にシェランを抜けるために隣国のサマルーンかシュデッタを目指す。なにせどちらとも犯罪者の引き渡し協定なんて結んでないからね、国境さえ越えちまえば極端な話、その場に居座ってたってシェランの兵士は手出しできないんだ。
だからとりあえず近いほうでサマルーンに行ってみようってことになった。多分国境から一番近い町であたしらを待ってるだろうし、こっちは足があるから予想が当たってればそう時間はかからないはずだ。
だけど、追跡を開始するとすぐにサマルーンの線が薄くなっていった。
なぜならシェランの追跡隊がどんどん北へ向かってたからだ。
ま、どっちだっていいんだけどね。
「あいつに、シュデッタに向かうと見せかけといて実はサマルーンに入ってました、なんて器用な芸当ができるとは思わないけど、どう思う?」
「同感じゃな。幸いわしらの面は割れておらんようだし、真っ直ぐシュデッタに向かうとしようか」
「あいつのことだし、もしかしたら初めから逃げ場所はバリザードって決めてたかもしれないね」
「大いにありうるな」
意見が一致したところで、あたしたちは足を飛ばした。
ちなみにあたしが乗ってるのは馬じゃなく、フェンリルというモンスターの一種だ。
馬よりでかい角の生えた狼っていえば伝わるかねえ?
あたしの種族ゾンダイトは魔獣使いとも呼ばれる割と珍しい種族で、その名のとおりモンスターを手懐けて生活や戦闘のパートナーにするんだ。
んで、あたしが相棒に選んだのがコイツ。
やや黒みの強い灰色の毛に、片角のあたしと違って二本の立派な角をもつオスのジロー。名付け親はジョーだ。
「おれよりあとに入った弟分だから、次郎だろう」
とのことだが、あたしには意味がわからん。
でも響きが気に入ったんでそのままにしといた。
それはともかく、普段はジョーが馬に乗って翁はあたしのうしろに乗るんだけど、今はジョーがいないから翁が久々に乗馬してるわけだ。
まったく、このじいさん見てると嫌になるよ。
腕っ節もアホみたいに強いうえ動物やモンスターの扱いすら達人の域を越えちまってるんだからさ。
ジローを捕獲して手懐けるまであたしは半年もかかったってのに、翁は初対面で完全に服従させちまったんだよ? それが馬とくりゃ、たとえ裸馬でも足だけで完璧に操って見せるくらいのモンはもってるさ。
頭のてっぺんが真ん丸に禿げ上がった白髪白髭のじいさんってところが、妙に笑える絵面ではあるけどね。
そんなこんなで北上を続けて一日半。明日の朝にはバリザードに入れるといったころだった。
視力自慢のあたしの両目が北西の山から下りてきた不審な一団を捉えたんで咄嗟にジローをとめた。
「盗賊だ」
あたしが翁より勝ってるところといやあ視力ぐらいだから、そいつらが一仕事終えてどこかへ荷を運んでいる最中であることもきちんと見えていた。
「こいつらの餌代もタダじゃないし、ひと狩りしとこうか」
「不運な盗賊どもに、南無阿弥陀仏」
いつもの鎮魂の呪文を唱えて、翁も馬を走らせた。
向こうも馬で、すぐこっちに気づいて迎撃態勢を取ったが、あいにく馬対馬じゃあないんでね。野生モンスターの、それもフェンリルの身体能力は騎馬程度じゃひっくり返せない。
ジローはあたしが特に指示することもなくまず一直線に駆け、矢が飛んでくると左右に跳びながら進み、射程に入ると一足飛びに間を詰めて、先頭の馬の首を噛み千切った。
そのついでに左前脚で馬体を殴り飛ばして右の騎馬を転倒させ、あたしは左のやつを愛用の
十人以上いたそいつらは相手が二人ってことで油断したんだろうね、懐に入られてから焦っても遅いのさ。
あたしとジローで五人を狩って、逃げ出したやつらを追うとちょうど翁が到着して、その場で右往左往してた三人をあっという間に始末。
逃げた三人は案外冷静なことに魔法で撃退を試みてきたけど、この状況で複雑な術式を組めるほどの余裕はなかったようで、一番簡素な無式での攻撃だけだった。
そんなモン、あたしが防ぐまでもないね。
直撃コースに飛んできた魔力の塊を、ジローは大口を開けて迎え撃った。
咆哮一喝。
強い魔力を帯びたその咆哮ひとつで無式程度の弱い魔法は相殺どころか完全にかき消して、三人の賊を馬ごと吹っ飛ばしちまった。
まっ、ただの盗賊程度じゃこんなもんだね。
あたしはジョーと違って別に強敵を欲してるわけじゃないから戦闘が楽ならそれに越したことはない。どっちかってーと、ラビリンスを攻略したり依頼をこなしたりしながら旅をする冒険そのもののほうが好きなんだ。
最初は、人間とのハーフという生まれで見た目も中身も半端なことを周りから笑われるのが嫌で、一番強いゾンダイトになってやるって里を飛び出したんだけど、翁に出会って本当に強いやつってのを目の当たりにしてから、なんだか馬鹿らしくなっちまった。
それでも強さを求める気持ちに変わりはないけど、生まれがどうとか種族がどうとかいう狭い価値観からは解放されたね。
強いやつに種族なんか関係ない。
男も女も関係ない。
強いやつは強い。
ただそれだけだ。
だから片方しかない角も、左右で色の違う目も、この道を進むうえでなんらの影響もないんだ。
まあでも、『片角のユギラ』って通り名だけはやっぱり気に入らないねえ。見た目でいうんだったら『セクシーマッスル美女ユギラ』とかでもいいじゃないか!
……三人分の戦利品をまとめて戻ってくると、翁が一番でかい木箱の前で腕を組んで待っていた。
「どうしたんだい?」
「開けてみい」
「もしかしてとんでもないお宝積んでたとか?」
なーんて軽い気持ちで蓋を引っぺがしてみると……
「ひええええっお助けえええぇっ!!」
ちっこい女の子が詰まっていた……
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