第31話 招く猫でも不幸はいらぬ
ちょいと奥さん、お兄さんでもいいや、ちょいと聞いておくんなさいよ。
あたしってばとんでもなくフコオなオンナのコでね?
生まれは大陸中部のクルトゥカンってゆー草原と山と密林と砂漠が九割を占める、ドがみっつはつきそうなド田舎の国でね、そりゃーもう貧しいその日暮らしをしていたワケさ、種族みんなが。
種族はウルカンっていう獣人種で、猫によく似た特徴をもつ種族なんだよ。
ネコミミに尻尾、明るさによって変形する瞳孔、あまり群れることはなく家族単位でサバンナを移動しながら生きる、の~んびりマイペースな生き方をヨシとする平和的な種族だよ。
だからって原始的な生活をしてるワケじゃないんだよ?
収入は主に狩りと傭兵で、他の種族の住む町に出向いて商売する程度には器用さも経済感覚ももってる。
あれはそう、あたしが初めて町に連れていってもらったときのこと。
忘れもしない、四歳の乾季。
丈夫さしか取り柄のない布とお母さんお手製の革防具しか着たことも見たこともなかったあたしは、初めて「服」という概念に出会った。
色鮮やかな生地に煌びやかな装飾品、男性服と女性服、普段着に仕事着、職業ごとにも違う服装の数々……
この世にはこんなにも華やかなモノがあるのかと、幼いあたしは目ん玉キラっキラさせてその魅力に取り憑かれちゃったワケさ。
んで。
親におねだりして安物の生地を買ってもらって、見よう見まねで他種族の服を作ったのが始まり。
ウルカンは他の種族みたいに男女の役割分担がほとんどない種族なんだけど、さすがに他のすべてを捨てて裁縫に没頭するなんてのはあたし以外いなかったね。
お陰でさんざんバカにされましたよ、ええ。
やれ引きこもりだ、やれ変人だ……
あいつの料理には針と布が入っているとか、十歳にもなって木登りもまともにできないとか、あいつの体はツギハギでできてるだとか……
まーそんな声も気にならないほど没頭してたケドねっ!
だから成人の一五歳を迎えたとき、あたしは国を出ることにしたわけよ。
だって面白くないじゃん?
クルトゥカンってだだっ広い自然しかなくて、食べるには困らないけどそもそもあたし狩りもできないし?
暇さえあれば服を作ったり一人で町に行って色んなお店に飛び込んではベンキョーさせてもらったりしてたあたしだから、あたしの生きる道はここにはないと思ったワケさ!
ウチの親も兄もやけにのんびりした人たちだから、
「出て行くのは構わんが、せめて婿ぐらい自分で捕まえて子供の一人はこさえてこいよ」
が餞別だったしね。
ここまではさしたる障害もなくコトが運びましたとさ!
トコロがドッコイ。
世界はそんなに甘くはなかった!
あたしの技術は独学で知識もかなり偏ってて、しかもそれ以外のことなんてなにも知らない世間知らずの小娘だったから、雇ってくれるところが見つからない!
そうするとお金が稼げない!
稼げなきゃ町では生活できない!
ここには獲り放題の獲物もいない!
そもそもあたしは狩りできない!
そんな小娘の行きつく先は、果たしてどんな場所でしょう?
一
「
二
「ネエちゃん、一発いくらや? ベンキョーしてくれるんやったら一晩買うたるで」
三
「乞食ほど恵まれた階級の人間はいない。なぜならやつらはただ哀願するだけで食い凌げるのだからな、ペッ!」
どれだと思う?
……うん、引っかけなんだ。
答えは四。
「貧相なガキだが物好きはどこにでもいらァな、いつもの市場で売ってこい」
現実は非情である……
哀れピリムちゃんは人さらいにとっ捕まって奴隷市場に売られたのでした……
もおおおサイアクだったよ!!
買ったヤツが人間以外のあらゆる人種の女をペットにするのが趣味ってゆークソみたいなクソ野郎でね……
だから……ね?
いいたいコト、わかるよね?
うん、まあ、詳細は省くけど、あっさりグッチョグチョにアレだったし、生意気だとかで護衛のヤツらにもアレだったし、そしたら買い手のクソ野郎がブチ切れて内紛になって危うく殺されかけたし、だけどその騒動に乗じて奴隷の一斉暴動が起きてドサクサに紛れて逃げ出して、しばらくは奴隷仲間たちと一緒にマジで物乞いしながら食い繋いだよ……
それから現在に至るまでにも色々ありましたさ……
あたしはなんとか住み込みの雑用ってことで潰れかけの貧乏商会に雇ってもらえて、そこでようやく裁縫やデザインの基礎を学ぶことができてね。正直奴隷と大して変わらない待遇だったけど乱暴されないだけマシだね。
だけど案の定というべきか、一年ちょっとで破産しちゃって路上生活に逆戻り。
だから別の店で雇ってもらおうとしたんだけど、どっこも雇ってくんないの!
なんでだと思う!?
ちょっとした人種差別的なこともあったし見た目が幼すぎるから実年齢を信じてもらえないってのもあったんだけど、一番の理由はこれ!
「そんなデザイン、売れるわけないだろう」
あたしが必死で考えた新しいファッションデザインを、誰も認めてくれない!
あたしは常々思ってたんだよ。
どこに行ってもファッションが伝統の枠を超えてないって。
新しいドレスのデザインを考えるときでも、生地と色の組み合わせ、あとは刺繍をどうするか、とかその程度だよ?
なんで誰も、ドレスの形そのものを変えようとは思わないわけ?
なんでスカートは長いままなの?
なんで上から下まで繋がってるままなの?
なんで女がズボンを穿いちゃイケナイの?
冒険者じゃなくてもあたしみたいな、動き易い服が好きって女はけっこういると思うよ?
スカートを短くしたら中身が見えちゃうってんなら、中に別の物を穿けばいいじゃん?
肌着にしたって、なんであんな色気のカケラもないジミ~なデザインのモノしかないのさ!
肌着を見せるときってのはつまるところアレなときでしょ?
だったら相手をより燃えさせるデザインにしたっていいじゃん!
なにもあたしはその国や地域の伝統衣装を捨てろっていってるんじゃないんだよ。
お金があれば今日なにを食べるか選べるように、服装だって自由に選べる人は選んだらいいじゃないっていってるだけなんだよ!
そりゃあ自由に選べるのは富裕層だけだろうさ、そうだろうさ。
でも自由に選べる立場の人が自由を放棄してたら、なんにも変わんないじゃん!?
これでも人からドン引きされるくらいには波乱万丈な人生を短い間に経験してきたからね、ひとつの国、ひとつの町でしか生きてこなかった人よりはよっぽど色んなモノを見てきてるし、色んなモノがあるってことを受け止められてる。
そのお陰と認めたくはないけど、そのお陰でどこにも売ってないデザインをたくさん思いつくことができた。
だから、
「こんな服もあるよ!」
「こんな服を着てみてもいいんじゃない?」
って提案したい。
それがなんで拒否られなきゃイカンのかっ!
見たことないから?
当たり前じゃボケ!
見たことのある新しいモノなんてあるかい!
……ってなカンジで、行く先々で衛兵を呼ばれたり呼ばれる寸前だったりなすったもんだを繰り返した結果、あたしは今ここにいる。
いやね?
もう何年も受け入れられなかったからあたしも考えたんだよ。
ひとまずブナンなモノをきっちり作れますアピールをしといて雇ってもらって、それから徐々に提案していけばいいかって。
オトナになったでしょ?
んで、巧くいったからコツコツ信用を得て、その商会のお得意さんの服を仕立てることになったのさ。
依頼人は豪族のご夫人。
その人、サマルーン人なんだけど開明的な一族なもんで他国の文化も抵抗なく受け入れてるのね。なもんだから北方の国の貴婦人が着てるようなドレスが着てみたいってことで、チャンス到来。
やっちゃいました!
打ち合わせとはまったく違う、あたしオリジナルのドレスをお披露目しちゃった!
イケると思ったんだけどなー……
かなりイケイケな奥さんだったし、すごい綺麗な体してたから、足出しへそ出しぐらいは許してくれると思ったんだけど……
奥 さ ま 大 激 怒 !
ついでにダンナも大激怒。
念のために注文通りのドレスも作っておいたから首が胴体から離れることはなかったんだけど、代わりに職業的な意味で首が飛んじゃった!
コツコツ稼いだ信用なんか一発でパーさ!
セチガラい世の中だよね……
そういうワケで久々に路頭に迷ったあたしは、財産であるオリジナルデザインをしたためた大量の型紙と裁縫道具を抱えて、サマルーンの荒野を一人トボトボ歩いておりましたとさ。
するとどうでしょう、遠くから蹄の音が!
ゆく当てもなく途方に暮れていた健気な少女を見かねて、猫の神さまがいくら走っても疲れない魔法の馬車でも遣わしてくれたのでしょうか。
いいえ、違います。
馬車ではなく、複数の騎馬です。
そうです、盗賊です。
そんなに都合のいいことが起こるわけありませんね。
ゆく先々でトラブルばかり起こしていた罰でしょうか。
いや、マジでカンベンしてくださいよ……
なんであたしってば、こうもトラブルばかりに遭遇しちゃうんだよぉ……
ええ、ええ、十人ばかりの盗賊に剣を向けられて無抵抗で捕まりましたよ。
そんでもって木箱に詰め込まれて絶賛引きずられ中ですよ、ええ!
きっとこれからアジトに連れ込まれてさんざんマワされるかまたまた奴隷市に売られちゃうんでしょうねッ!
「だぁ~れかぁ~~たあ~っけてえぇぇ~~……」
「黙ってろ、メスガキ!」
失敬な……人間基準でもとっくに成人越えとるわいっ。
とにかく誰でもいいから助けておくれよ~
もういい加減こういうパターンは飽きたよ~
できればムキムキマッチョなイケメンナイトがイイなァ~
……無理か。
どうしてこう、あたしってば不幸なんだろう……
そろそろ報われてもいいと思わない?
ねえ?
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