第25話 人斬り鉄之丞 後編
「きたか」
砂地の中心で部下に囲まれていたムフタールがおれを認めて立ちあがった。
立会人は全部で五人。踏み入る前に周囲を探ったから間違いない。
いずれも弓はもたず、腰に剣を差しているのみ。魔法を使えるかもしれんから安心はできんが、これならまだ許容範囲内だ。
「アダマンタイトはそこに置いてある」
と、ムフタールは指先とともに日焼けした褐色の顔をおれから見て左に向けた。
「わが名は
「わが名はムフタール・ハーン。貴殿の名は聞き及んでいるぞ、人斬りのジョー」
「鉄之丞だ」
「これは失礼した」
ムフタールは愉快げに笑い、主張の激しい口ひげを震わせた。
「そちらの立会人は?」
「不要。もしおれが死なば骸は捨て置きにて」
そのときは翁が使うか埋めるかしてくれるだろう。
「承知した。では……」
ムフタールが長い曲刀を引き抜き、ゆっくり構えに入る。その動作が完了に近づくにつれ、空を斬り裂き身を突き刺すような激しくも清々しい闘気が満ちてゆく。
言葉や態度はどれだけ誤魔化せても、こればかりは誤魔化せん。
気配の質こそがその人間の人間としての本質だ。
この男は信用に足る。立会人がいようがいまいが一騎打ちで卑劣な手段を用いることなど決してないだろう。
そういう人間であってくれたことに感謝する。そういう者が相手であれば勝っても負けても気持ちよく終われるものだ。
おれも武骨な愛刀を抜き、正眼に構える。
これは競技ではないから合図はない。強いていうなら互いが決闘を了承した瞬間こそが合図なのだ。
互いに気配を探りながら、展開を予想しながら、時間をかけてじりじりと間合いを詰める。
おれは……というより、海陽人は大陸人に比べ体格が小さいため、純粋な武術における間合いは向こうのほうが若干広い。それはつまり、必ず向こうが先に仕掛ける機会を得られるということ。なんらかの策でもない限り先手を取られて得をすることなどありはしないから、このまま間が詰まればおれのほうがやや不利といえた。
しかし、おれより間合いの広い相手との戦いなどとうに慣れきっている。大陸に渡ってからおれのほうが間合いで勝っていたことなど数えるほどしかなかったのだ。
翁もおれよりでかいし、ユギラは獲物が海陽刀より長い。実戦も当然ながら、やつらと鎬を削りながら工夫を凝らしてきた幾年もの日々で、もはや少々の間合いの長短など問題にならなくなっている。
やがて、そのときがきた。
やつの間合いがおれを捉える――その、寸前。
「セャアーッ!」
おれのほうから先手を打った。
ムフタールはちょうど攻撃を仕掛けようとしていたため、相打ちを防ぐためにはその動作を防御に切り変えざるを得ない。
おれは頭ではなく、頭を護りに上げるであろう腕を狙っていたんだが、さすがに大会優勝者というべきか、見事な反応で防がれ、逆に剣を下に弾かれてしまった。
ムフタールの曲刀がおれの脳天を目がけて振り上げられる。
だが、これもはなから想定済みよ。
おれは弾かれて下向きに崩れたように見せた体勢を、足の前後を入れ替えることで素早く立て直しつつ、左足を前に出した勢いで剣を斬り上げた。
するとまたもや攻撃を中断せざるを得なくなったムフタールはわざと剣と剣をぶつけることで互いの攻撃を相殺し、その間にうしろへ跳んで間合いを離しにかかった。
それを許すようなおれじゃない。
気術を使うならお互いさまだが、距離を取って魔法を使われたんじゃあたまらんからな、ひたすらに打ち込みながら食い下がった。
最初の数合はおれが主導権を握っていたが、どうやら向こうも打ち合いは歓迎らしい、十合を数えるときには完全に互角となっていた。
普通、一騎打ちといえど激しく剣を打ち合えばすぐに刃が潰れて使い物にならなくなる。それゆえにどんな剣でも刃ではなく横っ腹の鎬で受けるものだが、こうやたらめったら打ち合っていてはそんな余裕はなく、気術が使える者なら必ず気で剣を保護しながら戦うことになる。
どうやらおれたちは同じタイプの剣士らしいな。
気術には離れた場所を攻撃する技もあるが、おれはそれを苦手としている。得意なのはひたすら近接戦!
剣と体を気で鎧い、どんなものであろうと目の前にあるすべてを叩き斬って愚直に前進あるのみ!
こうなればもはや気力勝負。
呼吸する間さえないほどの電光石火の如き攻防ではどれだけ無呼吸で動きを維持できるかが分かれ目となる。
互いに三十路は超えている身、あまり無理強いはできんがそのための気術よ。
命を燃やし、命を力に換えて、ひたすらに斬る! 斬る! 斬るッ!
――翁いわく、気術には禁忌ともいえる禁断の技があるらしい。
気術は術者の生命力を源とするが、なにも寿命を縮めるという意味ではなく、あくまで生体的な活力によって発動する、生きた生物なら誰しもが使える可能性のある技。
しかし、中には本当に寿命を犠牲に発動する危険なものもあり、かつて気術を極めたという達人はこれを禁術とし、誰にも教えなかったとか。
その達人というのは翁のことなんじゃないかとも思うが、翁いわく、海陽の武士は名誉を重んじるあまりごく自然に気術の禁断の域に達してしまうことがよくあるのだという。
おれもそうらしい。
善悪を度外視するほど強烈に、狂気的なまでの純粋さで、ただひたすらになにかを求める者は、教わることもなく自然と命を対価に力を得るという。
上等じゃねえか。
もとより命を懸けた武の道。
その頂を踏めるのなら、悪魔に魂を売るのも仙人に体を渡すのも命を捨てるのも、同じことよ。
あとで思ったことだが、おれたちの勝負の分かれ目はそこだったようだ。
おれは命を懸けてでもアダマンタイトがほしい。
やつは命を捨ててまでアダマンタイトを護る気はない。
おれの捨て身の気の増大で咄嗟に護りに入ってしまったムフタールは、中途半端に退こうとしたせいで受けきれず、肩から腰までをばっさり真っ二つとなった。
「隊長!」
やつの部下たちが駆け寄る。
おれは息を整え、
「約束どおり、アダマンタイトはもらってゆくぞ」
さっさとこの場を離れようとアダマンタイトの入った箱へ向かった。
しかし。
「待て!」
……そうくると思ったぜ。
こうなるような気はしてたんだ。
好人物というのは、ときとして部下を盲目的にしてしまう。
「貴様をこのまま帰すわけにはいかん」
「隊長の仇、取らせてもらう!」
気持ちはわかるが、おれも無益な戦いはしたくないし、なにより疲れたから一応、いうだけはいってみた。
「それであの男が喜ぶとでも思っているのか」
「貴様に隊長のなにがわかるかあ――ッ!!」
斬りかかられたから、反射的に斬り伏せてしまった。
しまったと思ってももう遅い。
おれは剣を片手に、とにかくアダマンタイトを確保すべく走った。
「逃がさんぞッ!」
うしろで詠唱が聞こえる。
やっぱり魔法使いがいやがったか!
ええい、もう知らん!
こうなった以上は逃げるが勝ちよ!
すまんな、ムフタールよ、せっかくの決闘にケチがついちまった。恨み言はあの世で聞いてやるから今は勘弁してくれ!
そういうわけでおれは、何日もシェランの正規軍相手に鬼ごっこをするはめになっちまったんだ……
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