第26話 ご新規一名さまご案内~

 よう。泣く子も黙るベテラン冒険者、ドルグ・ゴルドレッドさまだ。

 いや~やっぱり長い物には巻かれておくモンだぜ。町の荒くれで唯一ゼルーグさんにタメ口が利ける男ってんですっかり尊敬の眼差しを集めるようになっちまった。

 ただ、多分だがルシエドの旦那をはじめゼルーグさんを含む化け物五人は全員がおれの実力を正確に把握したうえで、町の秩序のためにあえてそういうことにしているんだろうと思う。そんくらいはおれにもわかる。

 早い話が面倒事をていよく押しつけられた形だが、そもそもおれはそのつもりでたんだし利害の一致、結果オーライ、バッチグーってなもんよ。


 ところで、だ。

 話は変わるが、冒険者の一番の収入源がなにか、知ってるか?

 確か前にも呟いたと思うが、そいつは自治体や住民からの雑事的な依頼だ。

 ただし、その依頼料って意味じゃねえし、依頼内容にもよる。

 冒険者といったら迷宮を探索して凶悪なモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒し、その奥に隠されているお宝を手に入れて一攫千金! ってなもんを想像するやつが多いと思うが、こんなもんはあくまで歴史上数えるほどしかいない恐ろしく限られた成功者だけだ。となるとこいつが一番の収入とはいえねえよな?

 真の収入源はな、戦利品だ。

 自治体なり住民なり、あるいは行商なんかから冒険者ギルドへ山賊やモンスターの討伐依頼が出されたとする。

 それを冒険者が引き受け、対象を討伐する。

 んでその証拠を提示すれば晴れて依頼達成、成功報酬ゲットとなるんだが、その証拠ってのはなにがいい?

 山賊の生首?

 モンスターの臓器?

 まあ場合によってはそれもアリだ。

 だが一番いいのは、対象が身に着けていた物だ。

 モンスターの場合は毛皮とか牙とかどうしても肉体の一部を剥ぎ取る必要があるが、それらだって加工品の材料として需要があるから金になるし、相手が人間だった場合は必ず武具を装備してる。

 そいつを、いただくわけよ。

 もちろん死体は毒を撒き散らさないようできる限りその場で処理し、対象の身包みを剥いで必要なものは懐に納め、不要な物は町に帰って売っ払う。

 これで依頼料プラス戦利品。一粒で二度美味しい料理のできあがりってワケだ。

 なにも違法ってわけじゃないんだぜ?

 これはれっきとした正当なる報酬だ。

 考えてもみろ、せっかくどっかの職人が精魂込めて作った道具を、持ち主が犯罪者だからって持ち主の命と一緒に埋められたら、資源の無駄遣いになっちまうじゃねえか。

 折れた剣でも溶かせばまた違う剣として蘇ることができるし、傷んだ革でもカットするなり補強するなりして別の道具の部品に使うことができる。

 即ち戦利品の再利用ってのは冒険者ができる最大の経済行為ってわけだ。わかったかな?

 で、戦利品の取り分で揉めないよう、パーティーにはパーティーごとのルールがあり、別パーティーと組んだ合同作戦の場合も事前に取り決めがきっちり行われるわけだ。

 基本的には、殺したやつの物。それがわからないときは見つけたやつの物。そこで揉めれば一旦リーダーが預かり、あとで公平に分配……ってところが、よくあるパターンだな。

 今回おれが採用したルールもそれだ。

 そう、おれたちは今、バリザードの冒険者どもと合同で山賊退治にきているんだな、これが。


 あ?

 ラビリンスの攻略はどうしたって?

 そこを突かれると痛いが、仕方ねえだろ。

 最初に下見していたゼルーグさんとリエルさんが三日かけても階段ひとつ見つけられないぐらい広くて、おれたちも行ってみたらやっぱり広すぎて食料がもたなかったんだよ。

 そういうわけで今ほとんどの冒険者は長期探索に向けての小遣い稼ぎ中なのさ。

 この山賊退治ももちろんその一環だ。

 ここがどこかというと、国境を越えたシェランの山中。

 歩いて二日という至近距離ながらもこのあたりにゃ昔から山賊やモンスターが棲みつきやすいらしく、定期的に掃除をする必要があるらしい。

 ここしばらくは血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンの大暴れで鳴りを潜めていたようだが、町が活気づいた途端に行き来する行商を襲い始めたってんで、おれたちの出番となったわけだ。


 とはいえ、もうほとんど仕事は終わってる。

 一週間かけて地道に山頂のほうへ追い詰め、深追いすることなく見敵必殺に徹する。それだけで山賊は自滅するのがお決まりだ。

 なぜかというと、山賊には援軍なんてこねえからだ。

 山賊グループ同士で横の繋がりがないとはいわねえが、今回の敵はそういった類のもんじゃなく、規模もそうでかくはないからただ追い詰めるだけでやつらは焦る。じっくり時間をかけたお陰で地理も充分に把握できて逃げ道を塞ぐための配置や罠の設置もできたし、今回はかなり楽な部類の仕事だったといえるだろう。こっちの数も四十人を超えてるしな。

 そんなわけだから、おれは後方に設けた簡易キャンプでギジェルモとともに戦果の確認と食料の残り具合をチェックしつつ、戦利品を売れば一人いくらになるとか、その金でどの女を買うとか、くだらん話をしていた。

 すると、ギジェルモが無理矢理話を打ち切って真剣な顔をした。

「どうした?」

「うしろに気配が……」

 おれがこいつらに徹底させたことだ。

 冒険者たる者、いついかなるときも後方に意識を集中させろ。前方は目で見てからでも反応できるが背中はそうはいかん、見る前に気配で危険を察知できるかが生き残るための鍵だ、と。

 だからおれは別の話を切り出しながらさり気なくギジェルモの向こうへ視線をやった。

 ……見えた。

 誰かが木々の間を移動しながらこっちへ近づいている。

 おれは敵に見えないよう指を一本立て、方向を示す。

 その指が下がったときが合図だ。

 おれたちは敵を挟むよう左右に分かれ、茂みへ入った。

 こっちが当たりだったらしい。

 目深にフードをかぶり、シェランのローブに似たへんてこりんな恰好をしたそいつは既に剣を抜いており、ちょっくら驚くような速さで迫っていた。

「少しはできそうなやつが残ってるじゃねえか!」

 おれもとっくに剣を抜いているから肩に担いで構え、やつの剣より長い利点を生かして先に振り下ろした。

 外れたって問題ねえ。うしろからギジェルモがサポートするからな。

 フードの男は左に飛んでかわし、その結果ギジェルモの投げナイフもやりすごした。

 勘のいいやつだ。

 いや、戦い慣れしてやがるな。用心棒でも雇ってたのか?

 だとしたら最初に出てきそうなもんだが……まさか頭ってわけでもねえだろうし。

 なんて思ってると、やつはあっという間に距離を詰めて懐に潜り込みやがった。防御するのがやっとだったぜ……

「山賊にしとくにゃ惜しいぜ」

 負け惜しみでそういうと、意外にも反応があった。

「山賊はそっちだろうが!」

「ああ?」

「……む?」

 一瞬の、間。

「まさかおまえ、同業者か?」

「その恰好で山賊じゃねえというんなら、きっとそうなるんだろうな」

 失礼な、どっから見てもおれは山賊にゃ見えねえだろ! やつらよりよっぽど立派な装備で固めとるわい!

「兄貴、敵じゃないんですかい?」

「どうもご同業だったらしい」

「おれらの他にもいたんですねえ」

「やけに血なまぐさいと思ったら、山賊狩りの最中だったのか」

「おうよ。おまえさんはどこの所属だ?」

 問うと、男は剣を握ったまま一歩下がった。

「つい最近まではシェランで活動していた」

「シェラン……」

 そりゃあ、ここもシェランだし別におかしかねえ。しかしおれはおかしなことに気づいちまった。

「おまえ、どこの人間だ? っつーか、人間か?」

 あまりに見慣れねえその面に、思わずそう訊いちまった。

「なんだと!? どっからどう見たって同じ人間だろうが!」

 男は怒鳴ってフード――状にかぶっていたターバンを取った。

 長い黒髪を無造作にうしろで縛った、妙に平べったい髭面……

 すまん、見たこともねえ民族だわ。

「おれは海陽人だ! これでも人斬り鉄之丞とちったあ名の知れた武芸者よ!」

「知ってるか、ギジェルモ?」

「さあ……そもそもカイヨウって国すら聞いたことが……」

「なんたることだ……」

「随分遠い国だってことはわかるが、そんなやつがなんでまたこんなところにいやがるんだ?」

「おまえら、シェランに属する冒険者か?」

「いいや、シュデッタだが」

「ならば問題ないか……」

 そういって、男はようやく剣を収めて身の上話を始めた。



 身の上話といっても、今ここにいる直接的な理由だけだが、おれは呆れ返っちまったぜ。

「そりゃあおまえさん、やつらが悪いぜ。男同士の真剣勝負の結果にケチつけるたあ、男のやることじゃねえ!」

「おれもそう思うが、立会人がやつの部下という時点でこうなることは予測できていた。問題はおれが指名手配されちまったことだ」

「そのムフタールってやつもあの世で嘆いてることだろうよ、自分の命懸けの戦いを可愛がってた部下から泥かけられたんじゃあよう……」

「そのうえ仲間とも合流できないとは、踏んだり蹴ったりとはこのことだ」

「やつらは別にいい、生きていればまた会えるだろう。とにかく急いでこの国を出にゃならんのだ」

「だったらウチにくるか?」

「ウチ?」

「バリザードだ」

「そうか、バリザードからだったか。噂は聞いている」

「西のサマルーンでも問題はねえだろうが、ここで会ったのもなにかの縁だ。まだ向こうにゃ手配は回ってねえだろうし、もし回っててもおれがなんとかしてやる」

「そんな力があるのか?」

「おれにはねえが、バリザードの実力者に頼むさ」

「ほう……」

 うんうん、バリザードの噂を知ってるだけあって一気におれを見る目が変わりやがったぜ。

「そういうことなら是非頼みたい。すまんが世話になる」

「いいってことよ。そん代わり、ちょいと仕事を手伝ってくれるか? まだ壊滅させたわけじゃねえんでな」

「おう、対人戦とあらば望むところよ」


 そういってテツノジョーとやらは一人で山を駆け上って行ったんだが……

 いやはや、驚いたね。

 戻ってきたやつらが口を揃えてこういうんだ。

「一番美味しいところを全部もってかれちまった」

 ってな。

 残り十人ちょっとってところだったそうだが、その全員を一太刀で斬り捨て、一度も剣を交えることすらなく終わったらしい。

 そして目撃者多数により、残党狩りの功績はやつの独り占めとなっちまった。

 何事もなかったかのように帰ってきたやつを見て、おれは思ったね。

 本気で戦わずに済んでよかったと。

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