第24話 人斬り鉄之丞 前編

「よし」

 おれは準備を整え、最後に日よけのターバンを巻いて、気合を入れた。

「相手がまともに受けてくれるとは限らないよ?」

 ユギラはおれのベッドに腰掛けたまま、小馬鹿にするような笑みを浮かべていった。

「それは向こうの勝手だ。こっちは礼儀に則り果たし状を送った」

 そのうえで先方が卑劣な手段を用いようというのなら、それも含めて叩き潰せばいいだけのこと。

「卑怯が怖くて武の道を歩けるかよ」

「海陽人って、なんでこう頑固かねえ」

 ユギラの呆れ声に、翁のしゃがれた笑い声が続いた。

「これと決めたものは命と矜持をかけて貫き通す。それが海陽武士の強さの源よ」

 ぼろい椅子にどっかり腰を据えて腕を組んでいる翁は、相も変わらず励ますでも心配するでもなく、ただありのままを受け容れている。

「あんたからすればここでおれが死んだほうがありがたいんだろうがな」

「死ぬのは構わぬが、肉体をあまり傷つけられては困る。敗れたからとて切腹するなどもってのほかじゃぞ」

「むしろそのときは首が飛んでるだろうよ。せいぜい綺麗なまま死ねるよう祈っておくんだな」

「そうしよう。健闘も祈る」

 ユギラはなにもいわずただ手を振るのみ。

 ふん、わかってるじゃねえか。おれがこんなところで負けるわけはねえんだ、きっちり目当てのモンを持ち帰ってまた憎まれ口を叩かせてやるぜ。

ながれ鉄之丞てつのじょう、参る!」

 改めて気合いを入れ、おれは安宿のぼろい戸を押した。



 ……おれが国を出て、もう何年になるか。

 わが故郷、海陽は長き戦乱の時代を経て新たな統一国家としての歩みを始め、既に太平の世。剣の道は年々狭まるばかりで、おれのような人間はどんどん不要になってゆく。

 おまえは百姓の出だから別にいいじゃねえかというやつもいるだろうが、百姓だの武士だのに道は関係ねえ。おれは根っからこの道が性に合ってんだ。

 だからおれは、国を出た。

 魔獣討伐や妖怪退治もそれなりにやり甲斐はあったが、いかんせん魔力も霊力もほとんど持ち合わせてねえ身だから、それを専門にすることはできねえ。それになにより、おれの求める剣の道には人という対戦相手が必要不可欠なのだ。


 対人剣を極める――

 そしてそのための最高の道具、つまりは最高の剣を作る――


 それが、おれの目標だ。

 幸いなことに、大陸へ渡って二年ほどで師と仰ぐに相応しい人物と出会うことができた。それがあの翁、白仙翁はくせんおうだ。

 なんでも海陽の隣の半島国家シャルバニールの生まれだとかで海陽の言葉も文化もおれのような人間の生き様にも理解があり、ある条件と引き換えに弟子にしてもらうことができた。

 あの爺さんは強い。

 今のおれじゃあ足元にも及ばねえほどにだ。

 へっ、それも当然といえば当然。なにせあの爺さん、見た目はただのごつい爺さんだが中身は千年以上生きてる仙人らしいからな、ジジイどころの話じゃねえぜ。

 そのお陰でおれは剣や体術だけでなく、気術やたいして素質のなかった霊術まで鍛えてもらうことができ、今じゃあ大陸東部・中部ではそれなりに名のとおった剣士だ。

 ……ただ、『人斬りのジョー』というあだ名だけは気に食わん。

 確かにおれは翁以外からはジョーと呼ばれている。海陽人やシャルバニール人以外には鉄之丞やら流やらの響きがあまりに異質なため、大陸ではよくあるジョーという名で楽をしたいんだろう。それはいい。

 しかしなぜ、せっかくついた二つ名でまでジョーと呼ばれにゃならんのだ!

 おれの名は鉄之丞だ!

『人斬り鉄之丞』

 このほうが迫力あるだろうが!

 だから、人斬りのジョーと呼ばれるたびに訂正しているんだが、一向に定着しない。なぜだ……

 なにかと争うことの多いユギラとの唯一の共感点がここだ。あいつも『片角のユギラ』なんて半端な二つ名をつけられちまってるからな。


 ……まあ、いい。

 この気に食わん二つ名とももうじきおさらばよ。おれは今、その可能性を掴みかけているのだ。

 いや、二つ名の改名などはむしろどうでもいい。武の道を極める上でどうしても必要となる、それを助けるための道具、即ち最高の剣――の材料を、これから手に入れるのだ。

 この世界にはなんとも不思議な金属が少量だが出回っている。大陸北部ではミスリル、西部ではオリハルコンが最たる例で、中部や東部ではなんといってもアダマンタイト。

 未加工の状態では青黒くなんとも不気味な光を放つその金属は尋常ならざる強度を誇りながら魔法抵抗力にも優れるという、まさにおれのためにあるような代物。使い捨てにせずに済む耐久力とおれの弱点である魔法への対処がこれひとつで賄えるのだ。

 ……ほしい。

 なんとしても、ほしい。

 つい先日開かれた武闘会の優勝賞品としてアダマンタイトが供されていたことを先に知っていれば、おれとて真っ当な方法での入手を試みた。しかし悲しいかな、おれたちが山籠もりを終えてこの町に着いたときには既に受付が終了していたのだ。

 だからおれは悔しさに唇を噛み締めながら大会を観戦し、優勝者となった男に決闘を挑むことでアダマンタイトを手に入れようと考えたわけだ。

 幸い、先方は承知してくれた。しかしユギラのいうことももっともで、せっかく大会を勝ち抜いて手に入れた名誉の証を、横槍を入れるような形で欲する輩に易々と奪われるような間抜けを晒すはずがない。

 決闘場所と日時、立会人を向こうに任せたのは、それを見るためだ。

 場所と日時は問題ない。真っ昼間の開けた砂地を指定してきたということは、向こうも武人の誇りをかけて受けてくれたと見ていいだろう。

 ただ、問題は立会人だ。対戦相手であるムフタールという男はこのシェラン王国の正規軍で一隊を指揮する中級指揮官であり、立会人はその部下たちが強く望んだとのこと。

 巧く勝つことができれば問題ないが、殺したりしちまったら厄介なことになりかねん。

 かといって手加減して戦うなど、侮辱以外のなんでもない。

 やるからには本気でやる。向こうとてそのつもりだろう。

 だから結局のところ、相手がどう出るかなど関係ないのだ。

 叩き潰す。

 捻じ伏せる。

 いかなる状況にあれど、すべてを己の力で切り抜けられる強さ……

 それこそがおれの欲する武の道の頂。

 おれもユギラも白仙翁にそれを見たから、死後の肉体の譲渡を条件に教えを乞うているのだ。



 さて、そろそろ決闘場所が見えてきたぞ。

 馬鹿正直に正面から踏み込む前に、周辺の確認をしておかなければな。

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